「幾重」のジャンプとイナバウアーで語ったこととは ~羽生結弦×ゆず~
フィギュアスケートにおけるジャンプの捉え方は、スケーターによって異なる。
プロフィギュアスケーターの羽生結弦は、「ジャンプは表現の一部」と捉えている。2025年4月14日NHK第1ラジオ「野村萬斎のラジオで福袋」に出演した際に、こう語った。
「ジャンプを表現の一部にすると強く考えるようになったのは、SEIMEIからでした」
羽生は続けた。
「ジャンプを成功させることが到達点ではなく、ジャンプ自体は通過点。表現するための要素として存在している」
旧聞に属する話で恐縮だが、羽生と人気デュオ・ゆずによるコラボ企画が6月24日、NHKにて放送された(宮城県域放送は6月11日、12日)。羽生は、ゆずの「幾重」という楽曲にのせてパフォーマンスを披露した。NHKはこの曲を「東日本大震災15年 震災伝承ソング」と謳っている。
「幾重」に共感した羽生が、自身で振り付けをしたという。
羽生のパフォーマンスを振り返ろう。青と白が重なった生地を使用した衣装に身を包み、<静かに海は ただ揺れていました>という歌詞に合わせてハイドロブレーディング。袖をなびかせて、波を表現した。1番のサビでは3回転トウループと2回転フリップと続けて、力強く跳んだ。
羽生は曲の1番と2番の間で、リンクの上で大きく前転をした。1番の歌詞は、月日は流れているものの、過去に負った心の痛みや葛藤がふとした瞬間に押し寄せる様子をうたっている。2番は前に向かって歩み始める様子をうたっている。前転は、その転換を表現したのかもしれない。
2番のサビ部分では1番同様、3回転トウループと2回転フリップを跳んだ。そのあとに、3回転サルコー、3回転ループ、少し間を空けて優雅なオープン(1回転半)アクセルを披露した。
1番では力強く心の痛みや苦しみに力強く耐えている様子をトウ系のジャンプから感じた。2番ではその力強いトウ系のジャンプに加え、軽やかに踏み切るエッジ系のジャンプが加わった。少しずつ痛みや苦しみが優しいものになっている、そうジャンプで表現しているように映った。
このジャンプの構成を見た時、羽生が萬斎とのラジオで語っていたことを思い出した。
「曲に対して、どのジャンプがふさわしいのか。氷を蹴ってから跳ぶようなジャンプと、遠心力を使ってブンと回すように跳ぶジャンプ、大きく分けて2種類のジャンプがあるんです。ブンと回す音がそこにハマっているか、そこに存在する意味があるのかということと、逆に足を氷に叩きつけて跳ぶジャンプがその音に合うのか。非常に考えるようになりました」
「幾重」のジャンプ構成こそは、「ジャンプは表現の一部」を表す代名詞になり得ると思った。
話をパフォーマンスに戻そう。曲の最後の部分は、演奏者ひとりひとりが自由に音を奏でているパートだ。放送では、「羽生は何度もこの部分を聴いていた」と、ナレーションが入った。
彼は番組内で、こう語った。
「楽曲が持つ力と響きと、ゆずさんたちのボーカルの伸びやかさを大事に振り付けを創っていく作業をしていたんですけど……。改めて最後の音をずっと聴き返していた時に、いろんな方々の人生がそこに乗っかっていると思うので、その人生に寄り添いたいなと思っていますが、その上で僕の人生も重ねるべきなのかなと。最後、いろいろ思いを込めながら振り付けを考えました」
羽生はこの部分で、さまざまなスピンを披露しました。そして、男性では珍しいとされるビールマンスピンを構成に入れた。自分の人生も重ねているようだった。
話が前後して申し訳ないが、最も印象深かったDメロ部分を紹介したい。
<聞こえる あなたの声>という歌詞に合わせ、羽生は大きく両手を広げてレイバックイナバウアーを見せた。それそのものは、もちろん優雅で美しかったことは言うまでもない。
印象に残った理由は、歌詞との掛け合わせによるものだ。「幾重」で披露したレイバックイナバウアーはまるで、“全身であなたの声を受け取っているよ”と、静かに優しくフィギュアスケートで語っているようだった。
(文/大木雄貴)