第845回 智弁和歌山・中谷仁と「ノムラ野球」

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 今年の夏の甲子園は、智弁和歌山(和歌山)の2021年以来5年ぶり4回目の優勝で幕を閉じた。監督の中谷仁にとっては、同年夏以来2度目の戴冠だ。

 

 周知のように中谷は、同校のOBで97年に初めて夏の甲子園を制した際の主将。強肩強打の捕手として鳴らし、同年秋のドラフトで阪神から1位指名を受け、入団した。

 

 目の負傷などもあり、阪神では伸び悩んだが、移籍した東北楽天では、2009年にキャリハイとなる55試合に出場している。

 

 阪神、楽天で、7年間野村克也さんの下で野球を学んだ。ノムさんといえば、データ重視の「ID野球」。投げるにしろ打つにしろ、その1球に「根拠」を求めた。

 

 仮に結果が出なくとも「根拠」さえしっかりしていれば、責任を追及することはなかった。一方で「結果オーライ」については、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたものだ。

 

 

 事実上の決勝戦といわれた準決勝での横浜(神奈川)戦。3回、剛腕・織田翔希の152キロのストレートを、智弁和歌山の5番・楠本龍生はフルスイングでライトスタンドに叩き込んだ。殊勲の楠本は試合後、「2ボール(ナッシング)からは100%まっすぐ(がくる)」と手の内を明かした。

 

 おそらく試合前のミーティングで、そのことを確認していたのだろう。被弾後、イニングの途中で織田はマウンドを降りた。この3ランが決勝弾となり、7対1で智弁和歌山が大勝した。

 

 蛇足だが、ノムさんは事あるごとに「いつか高校野球の監督をやってみたい」と語っていた。92年夏の甲子園で星稜(石川)の4番・松井秀喜が、明徳義塾(高知)の投手から5打席連続敬遠を受けた際には、「まわりは正々堂々と戦え、というが、何が正々堂々かについては誰も言わん。野球にはいろんな作戦がある」と、いきり立つ世論を取りなすように語っていたものだ。

 

 ともあれ、教え子の全国制覇を、ノムさんは泉下で、さぞ喜んでいるに違いない。

 

<この原稿は2026年9月14日号『週刊大衆』に掲載されたものです>

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