二宮: 三村さん、adidas、TEIJINが共同開発したランニングシューズ「adizero takumi」が発売から1年以上経った今も、人気を博しています。どのようなこだわりが詰まったシューズなのでしょうか。
三村: 「adizero」には「sen(戦)」と「ren(錬)」の2タイプあるんです。まずはアッパーの部分をTEIJINと1年半ほどかけて開発した高機能メッシュ「Mim−Lite」を使用しています。軽さ、通気性、耐久性、そしてフィット感にとことんこだわりました。TEIJINには14回も改良を重ねてもらいました。「三村さんは厳しいことばかり言われますね」とよく言われましたが、やはり日本一のものを作ろうと思ったら、日本一の努力をせなあかんということ。だから、妥協せずに厳しい注文をさせてもらいました。


二宮: とても軽いですね。片足でどのくらいの重量ですか?
三村: 170グラムです。まだ落とせますね。正確に測った人はいないと思いますが、マラソンで言えば、シューズが10グラム軽かったら、260キロカロリーほどエネルギー消費を抑えることができるんです。だからシューズはできるだけ軽い方がいい。ただ、軽過ぎても選手によっては、かえって走りにくい場合もあるんです。例えば、すり足で走る人は振り子の原理で走りますから、軽過ぎると足が前に進んでいかない。少し重さがあった方が、足を前に送り出すことができるんです。

二宮: 足の裏は汗の量が多い部分ですから、通気性も重要ですよね。
三村: そうですね。夏は通気性があった方がいい。ただ、あまり通気性を良くすると、逆に冬は足元が冷えてしまいますから、そのバランスをとらなければいけません。実は夏は通気性のほかに、撥水性も重要なんです。というのも、暑い中でのレースでは水分補給が欠かせません。水分を口に含んだり、頭からかぶったりした時に、靴にも水分が入ってくる。ですから、「takumi」にも若干の撥水性をもたせています。


 マラソンランナーは13ミリ大きいサイズを!

二宮: この「takumi」を履いて、今年3月の名古屋ウィメンズで優勝し、8月にモスクワで開催される世界陸上の代表に決定したのが木崎良子選手です。
三村: 実は名古屋のレース当日の朝、僕は彼女を林清司監督の部屋に呼び寄せたんです。普通は足が地面に接地してから離地する際、足首を真っ直ぐにしてキックをすることで推進力を得るわけですが、彼女は足首が柔らかいために、巻くようなキックになるんです。そうすると、ロスが大きくなる。そこで僕は、彼女の足首にテーピングを施しました。

二宮: 柔らかい足首を、できるだけ使わせないようにと。
三村: そうです。左右ともに巻かずに真っ直ぐに蹴られるようにしたんです。そしたら木崎は「これで速く走れますか?」って聞いてきた。だから僕は「3分半か4分くらい、速く走れるわ」って言ったんです。彼女は「えっ!? そしたら23分台ですよ」って。「それくらい走れるんちゃう?」って言うてたんですわ。そしたら、本当に彼女は3分近くも自己記録更新の2時間23分34秒で優勝して、早々と世界陸上の代表に内定しました。

二宮: あの走りは、テーピングの効果によるものだったんですね。
三村: 現在、木崎は米国で合宿を行なっていますが、数日前に林監督から電話がありまして、「テーピングをして走ったら、だいぶ調子がいいです」と言ってましたわ。モスクワでも期待できますよ。

二宮: 8月の世界陸上に向けて、選手のシューズも改良したりするのでしょうか?
三村: マラソン代表の中で「takumi」を履くのは、木崎と男子の堀端宏行の2人。今は海外で合宿していますが、本番前には一度、足を測定しに来い、と言ってあります。それでチェックをして、それぞれの弱い部分を見つけて、対応するかたちになりますね。

二宮: 弱さというのは?
三村: 着地するのも、キックするのも、何でも左右のバランスが5対5になるのが理想です。でも、そういう選手は稀。ほとんどの選手が左右の長さや足の大きさが違うんです。木崎も2.5ミリほど右足の方が大きい。そうすると、どうしても左右のバランスが悪くなる。ですから、左右のどちらのどの部分が弱いのかを見極めて、バランスよく走れるようにしてあげるのが僕の仕事です。

二宮: 選手は往々にしてピッタリとフィットしたシューズを好む傾向があります。しかし、実際はマラソンのような長時間のレースでは、少し大きめのシューズの方がいいそうですね。
三村: 人によって違いはありますが、僕は13ミリくらい大きい方がいいと思いますね。走り始めてだいたい15分くらいから足の裏の温度が上がってくるのですが、レース前のアップだけでも40分以上かかりますから、その間、ずっと足の裏の温度が上がっていくわけです。そうすると、足がだいたい5ミリほど膨張してくる。それと、接地した時につま先が前にいきますよね。それがだいたい8ミリくらいだと思うんです。ですから、13ミリほど大きいと最終的にはピッタリくるのかなと思いますけどね。

  理想は選手に自信を与える靴

二宮: 20年以上前になりますが、三村さんに理想のシューズについてうかがった際、「ソックスにクッションがついたくらいのシューズに近づけたい」とおっしゃっていました。
三村: 確かにそれが一番の理想だと思いますね。ただ、選手の足首の硬さなどによっても違ってはきます。クッションが厚くなれば、それだけ安定性がなくなるということでもありますから、「この選手にはこれだけのクッション性が必要」ということをきちんと判断しなければならない。本人が「この靴だったら、自信をもって走れる」という気持ちになれるようなシューズづくりが大切やと思いますね。

二宮: 三村さんの理想が10とすれば、「takumi」はどのへんまできているのでしょうか?
三村: 7か8くらいまではきているでしょうね。

二宮: まだ、これから改良の余地はあると?
三村: そうですね。それこそすべての日本人選手が「これを履きたい」と思えるような靴を作りたいと思っています。

二宮: 最近では国内のみならず、海外からもオファーがあったようですね。
三村: ロンドンオリンピックの頃から、台湾や英国で「takumi」を発売したいというオファーをいただいて、少しずつ広がっています。僕はずっと日本から発信したものを世界にも認めもらいたいと思っていたので、そういうことが実現し始めているのかなと。まだ初期段階ではありますけどね。

二宮: 三村さんはトップアスリートのみならず、一般の人のシューズも作って、走り方やトレーニングのアドバイスもされています。4月には東京のアディダスランニングラボB&D渋谷店で「MIMURA PREMIUM」を開催し、三村さん自らが店頭でお客さんの足型を測定し、カウンセリングを行ないました。
三村: 渋谷のB&Dには、今年9月にも行きたいと思っていますが、「ミムラボ」には毎日のように一般の人が来られていますよ。1人につき約1時間くらいかけます。測定するのに40分、それから20分くらい「あなたはこの部分が弱いから、こういうふうに強くした方がいいですよ」「ここが悪いから、こうやって直した方がいい」というようなアドバイスをしていますね。それをやったうえで、あとは疲れにくく、故障しにくい靴は、僕が作りますから、と。

二宮: これまではトップアスリートでなければ、三村さんにシューズを作ってもらえないとばかり思っていた人も少なくなかったはずです。三村さんに直接測定してシューズを作ってもらえるなんて、一般の人にしてみたら夢のような話です。
三村: 先日も一般のランニングクラブチームに所属している中年の女性が来られたのですが、「クラブのみんなに『あんたの靴なんか、作ってもらえるわけないやんか』って言われたんです」って言うから、「いえいえ、ちゃんと作ってあげますよ」と。一般の人たちは、みんな本当に感激して帰ってくれますから、靴職人としてもやりがいがありますよ。僕のアドバイスも、よう聞きますしね。脳梗塞で倒れて、体がよう動かん人からオーダーをもらったこともありますよ。「今は歩けんけど、なんとかして歩きたいからお願いします」と。その人は出来上がった靴を見て、泣いてましたわ。僕は、“来る者拒まず”。日本発信のいい靴を作りたいという思いでやっています。

三村仁司(みむら・ひとし)
1948年8月20日、兵庫県生まれ。中学から陸上部に所属し、飾磨工時代は長距離ランナーとしてインターハイに出場した。高校卒業後、66年にオニツカ(現アシックス)に入社。74年からは一人で特注部門を担当し、多くの日本人トップアスリートのシューズを手掛けてきた。09年アシックスを定年退職後、地元の加古川市に「株式会社M.Lab」を設立。10年1月にアディダス ジャパンと専属アドバイザー契約を結んだ。

(写真・構成/斎藤寿子)

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