「相撲と駅伝は日本のソフトパワー」<後編>
二宮清純: 前回は井上尚弥と大谷翔平について語り合いました。
金子達仁: パウンド・フォー・パウンド(PFP/全階級で体重差のハンデがない場合、誰が最強であるかを指す称号)とオール・タイム・ランキング(ATR)を縦横の軸にしてボクサーを比較したのは面白かったですね。
クラブのフィロソフィー
二宮: サッカーはどうでしょう。プレミアリーグで活躍する三笘薫(ブライトン)がバロンドールを獲る日はくるのか……。
金子: 三笘は確かにすごい。でも時代が時代だったら……。僕は金田喜稔さんの方がやっぱりすごかったな、と思うんです。
二宮: 僕もあの人のプレーは大好きでした。「キンタダンス」「キンタフェイント」と呼ばれるドリブルで一世を風靡しました。そうそう、この前、久しぶりに金田さんに会いましたよ。
金子: 読みましたよ!『ビッグコミックオリジナル』(小学館)の連載でしょ!?
二宮: ありがとうございます。久保建英(レアル・ソシエダ)は?
金子: 久保もすごいけど、菊原志郎の方がもっとすごかっただろうし、磯貝洋光もすごかった。小野伸二はヒザのケガ(左ひざ靱帯断裂)がなければもっと……と思ってしまう。これらの選手は過去の才能とまだ比較可能な気がします。
二宮: 菊原も磯貝も確かに巧かった。少し時代が早過ぎたかな。世界で試されなかった。あと20年遅く生まれていたら、どうなっていたか……。
金子: 三笘も久保も十分、スター選手ですが、まだ“日本のスター”という印象です。
二宮: Jリーグに目を移すと、昨季はヴィッセル神戸が初めてリーグ戦を制しました。Jリーグの今後については?
金子: ヴィッセルにしても、昇格プレーオフを制して16年ぶりにJ1に戻ってきた東京ヴェルディにしても、大丈夫かなって……。
二宮: それはなぜ?
金子: この2チームは、パスをつなぐサッカーを標ぼうしていた。しかし、勝てないとなるとそれをかなぐり捨てたわけです。スペインのバルセロナはポゼッションサッカーを突き詰めることが、勝つための最善策だと考えて今もやり続けている。ポゼッションを大事にしていた日本のクラブは、それを単なるファッションとしか捉えていなかった。
二宮: ポゼッションは勝つための最適解ではなく「流行っているから」と?
金子: はい。そうじゃなければ苦しいときにこそ、そこ(ポゼッション)にこだわるはずじゃないですか? ヴィッセルとヴェルディに限らず、どのクラブにも「苦しくなったらロングボール、蹴っとけ」みたいな風潮がある。だったら、最初からロングボールの戦術を突き詰めた方がいい。
二宮: ポゼッションがクラブのフィロソフィーにまではなっていないと?
金子: 勝って勝って勝ち続けて、その次に内容を求める。今まで1回もリーグ制覇していなかったヴィッセルにそれを求めること自体が酷だったかな、と。しかし、3年後も同じサッカーをしていたらヴィッセルはファンからそっぽを向かれるかもしれない。なぜならば、同じ兵庫県には最高のエンターテインメントがあるんだから……。
阪神連覇は「テッパン」
二宮: 阪神タイガースですね(笑)。昨シーズンは18年ぶりのリーグ優勝、38年ぶりの日本一を達成しました。毎日、酒がうまかったでしょう。快進撃を予想していましたか?
金子: いや、全然! あの快進撃にはびっくり。
二宮: そうなの? 私はメディアの予想にも「阪神Ⅴ」と書きました。あとの5球団に優勝しそうな雰囲気がなかったから……。
金子: 開幕3戦目の勝ち方で一気に勢いに乗った気がします。
二宮: 横浜DeNAとの3連戦。
金子: 阪神が4対2でリードしていた8回裏。2死一塁、ランナーは中野拓夢。島田海吏の打席で中野が二盗を決めると、岡田監督は1ストライクから代打に原口文仁を送った。カウントの途中で送られた原口は“彼にとっての初球”をフルスイングしてレフトスタンドに運んだ。あの采配を目の当たりにした選手たちは監督に対して「なんじゃ、この人はっ!」と思ったはず。あれで岡田監督は一気に選手たちの心を掴んだ。
二宮: 岡田監督は、さすが内野手出身。サード・佐藤輝明、ショート・木浪聖也、セカンド・中野、ファースト・大山悠輔の新布陣も当たった。個人的には大山にMVPをあげたい。4番なのにチームプレーに徹してリーグ最多の99四球を選んだ。ファーストの守備もよく、コンバートされた内野手たちをよく助けていた。あれだけ早くベースに戻ると、送球する方は楽でしょう。
金子: あと大竹耕太郎の貢献も大きかった。
二宮: 大竹は現役ドラフトで福岡ソフトバンクホークスから阪神に移籍した初年度に12勝2敗。ソフトバンクに5年間在籍して10勝だった投手とは思えない。
金子: MVPに輝いた村上頌樹をドラフトで獲ったのも、大竹をずっと欲しがっていたのも実は、前任者の矢野燿大さんなんです。村上、中野はフロントが「いらない」と言ったのに、矢野さん主導で獲得した選手らしいんです。
二宮: じゃあ、矢野が監督を続けていても優勝した?
金子: いや、しなかったと思う(笑)。岡田監督がかつて、解説者時代にネット裏で野球を勉強したように、矢野さんもすごく勉強なさっているはず。彼の今後がますます楽しみ。
二宮: 今季は球団史上初の連覇もあるんじゃないかな。
金子: ああ、もうそれはテッパンでしょうね! もう、完全に調子に乗ってますから僕(笑)。負ける要素が見当たらん。
二宮: 私も80%、阪神が連覇すると思う。死角があるとすれば?
金子: 良くも悪くも“矢野色”が薄れつつあること。矢野さんが決めた「一塁まで全力疾走ルール」は4番の大山も守っている。これを怠る選手がちらほら出始めてきたら、危ないんじゃないかな、とはちょっとだけ思いますね。
「失われた30年の縮図」
二宮: パ・リーグのオリックスバファローズはどう見ますか?
金子: さすがにキツいでしょう。山本由伸の穴は埋まらない。超えてはいけない一線っていうのがあると思いますが、山本の移籍は間違いなく超えちゃいけない一線。オリックスファンには申し訳ないけど、最下位もあり得るんじゃないかなと思います。
二宮: 大谷もさることながら、山本も12年間総額3億2500万ドル(発表時のレートで約463億円)と目の飛び出るような金額でドジャースと契約しました。
金子: 二宮さんに伺いたいんですけど……この経済格差ってなに?
二宮: 1番は国力でしょう。
金子: でも100対1ほどの差はないですよ、アメリカと日本。
二宮: ご存じだと思うけど、1987年にアトランタ・ブレーブスからヤクルトスワローズに年俸3億円でボブ・ホーナーがFA移籍してきた。彼はバリバリのメジャーリーガーだったけど、ヤンキースもレッドソックスも年俸が高過ぎて契約できなかった。つまり、87年当時は日本のプロ野球の方がメジャーリーグより儲かっていたわけです。
金子: 約30年前のサッカー・プレミアリーグとJリーグも同じ規模でした。
二宮: スポーツ庁のデータによると96年当時、Jリーグの市場規模は481億円。一方、プレミアリーグは480億円。95年当時、プロ野球は1531億円、メジャーリーグは1693億円とそこまで差は開いていなかった。それが2019年になるとJリーグは734億円、プレミアリーグは6745億円。プロ野球は1800億円、メジャーリーグは1兆1433億円ですよ。これこそ“失われた30年の縮図”でしょう。
金子: アメリカに対する日本の経済的失速は認めますが、イギリス、ドイツ、スペイン、イタリア、フランスに対して日本の経済が失速したかっていうとそんなことは全くない。日本の方がGDPは上ですよ。それなのに、イタリアやフランス、スペインの経済はボロボロなのに4億円、5億円もらっているサッカー選手はゴロゴロいます。
二宮: でも、ひとり当たりのGDPはドイツが48756ドル。日本が33854ドルでスペインが29800ドル。それでもスペインリーグの選手の年俸はJリーガーと比べると……。
金子: そう。Jリーガーの給料ってなんやねん、と思うわけです。Jリーガーが可哀そうですよ。
二宮: 今、1億円以上もらっている日本人選手って、十数名でしょう。
金子: 身の丈にあった経営、とかつまらんセリフもありましたね。
二宮: 98年のフリューゲルスショックの後、そう言わざるを得なかったのは理解できます。ただ、何年前の話をしているんだ、とも思う。
金子: 個人的にはJリーグはもう企業名を解禁してほしい。たとえば、ベガルタ仙台と東北楽天ゴールデンイーグルス、アビスパ福岡と福岡ソフトバンクホークスは勝負にならないくらいの経済格差がついている。野々村芳和チェアマンはこの課題をいつまで放っておくんだろう。早く手を打って欲しい。
「日本の宝」に気づけ!
二宮: では、相撲の話も。
金子: 大ファンですよ。個人的に翠富士を応援しています。宇良は3役に上がって本当に良かった。錣山親方が亡くなってしまったので阿炎には頑張ってほしい。
二宮: 外国の友人がくると、必ず「相撲を観に行きたい」と言う。野球やサッカーに連れていって欲しいとは誰も言わない(笑)。
金子: わかります! 部屋の稽古にも興味ある、と。
二宮: 白鵬(宮城野親方)は銀座に部屋をつくりたかった。ショーウィンドウにしたいと。
金子: 相撲は日本の宝です。それに気づいている日本人があまりにも少ない。世界の富裕層が相撲に興味を示しているんですよ。また、“外圧”で動かしてもらわないといけないのかな。
二宮: 外国資本の部屋とか?
金子: あってもいいですよね。モンゴルの経済力が日本に追いついてきたら、モンゴル人が「ゼロから部屋をつくりたい」と動き始めるかもしれない。
二宮: いずれはモンゴル場所も。
金子: 相撲もそうだし、駅伝もそう。日本独自のものに世界の人々が興味を示してくれているのであれば「門戸、開こうよ」って思います。
二宮: 駅伝も観光資源になるでしょうね。
金子: 日本の駅伝に「参加したい」という外国人は、たくさんいるはず。たとえば、世界中の大学生長距離ランナーが目指す大会、こんなものが日本に存在してもいい。
二宮: EKIDENだね。
金子: 大学生の長距離ランナーがスポットライトを浴びられる国って日本だけでしょ。ならば、もっと留学生を受け入れて欲しい。
二宮: 駅伝を通じて親日家になってもらう。
金子: プロスポーツで世界中のいい選手を、日本に引き寄せるのはなかなか難しい。ですが、高校生や大学生を日本に引き付けるのは、そう難しくないはず。そんな絵を外務省と文科省には、ぜひ描いてほしい。
二宮: 母国に帰ったら、日本の文化を伝える伝道師的役割を果たしてもらう、とか。
金子: 以前、外務省の方から聞いた話です。アフリカ東部の人々は、総じて日本に対して良い印象を抱いている、と。その理由は駅伝で日本に留学し、日本で教育を受けた後、母国に帰り、国の要職に就く。親日家になるのは当然だと。
二宮: なるほど。その前に箱根駅伝の全国化に道筋をつけてもらいたいですね。関東の大学への一極集中化は、政府の地方分権政策にも反している。
金子: そういうことも含め、我々おっちゃんは、もっと提案しないといけませんね。定期的にやりましょうよ、この対談。
二宮: 喜んで。30年前、酒場で語り合っていたように(笑)。
(おわり)
<金子・達仁(かねこ・たつひと)>
1966年、神奈川県生まれ。法政大学社会学部卒業後、「サッカーダイジェスト」編集部記者を経て、1995年にフリーに。スペイン・バルセロナで執筆活動中の1997年に「Number」誌に掲載された「叫び」「断層」でミズノ・スポーツライター賞を受賞。著書に『28年目のハーフタイム』(文春文庫)『決戦前夜』(新潮文庫)『惨敗―二〇〇二年への序曲―』(幻冬舎文庫)『いつかどこかで。』(文春文庫)『熱病フットボール』(文藝春秋)『泣き虫』(幻冬舎)などがある。
(構成/写真・大木雄貴)