「世界最大のサイクルロードレース」というキャッチフレーズで盛り上がっているツール・ド・フランス(TDF)。日本国内でも毎晩数十万人がLive中継に盛り上がるという。サイクルスポーツがまだそれほど一般化していない日本国内でもその名前は知れ渡るようになってきた。それも意外に自転車、いや、スポーツに縁のないような女性が見ている例が多く、意外な組み合わせに驚かされることが多い。なぜこのレースはそれほどに人を魅了するのか。また星の数ほどあるサイクルロードレースの中で突出した存在なのか。
(写真:観光名所がコースになっていることも魅力)
 TDFは非常にTVと相性のいいスポーツイベントだ。世界190カ国で中継され、60チャンネルではLive中継を行っている。今年からは中東のテレビ局として有名なアルジャジーラでも放映されるというからその広がりぶりには感心させられる。これはもちろん主催者であるアモリー・スポール・オルガニザシオン社(ASO)の営業力もさることながら、彼らが作り出す美しい映像にある。観光VTR顔負け、それ以上に美しい景色や、ガイドブックには出てこないような小さな遺跡など、コース脇の建物、名所がふんだんに紹介される。それも最新のカメラ技術で撮られているため、実に美しく「レースは分からないけれど、景色が綺麗だから見ている」という人が多いのにもうなずける。最近ではハイビジョン映像配信になり、大画面でも克明に美しく映し出されるようになった。中継で実況を担当する立場としても、レースの状況が細かく分かるので大変ありがたい。

 また、レースを分かりやすく見せるための努力も怠らない。有力選手の位置取りが客観的に分かるようにGPSを駆使した表示なども、TDFがこの世界に取り入れてきた手法である。確かにこれだけの映像を放映できるのなら、世界中の放送局が触手を伸ばすのも理解できる。もっともその放映権料は安いものではなく、それだけで現在の大会収入の7割程度を占め、大会を支えている。

 世界に広げるのはTVだけではない。今年のASOの発表によると、TDFを扱うラジオ局は50、新聞社や雑誌社、webなどのメディアは560もあるという。なにしろ3週間の期間中、レースを追いかけるメディアの数は2000人を超え、この人たちが発信していく記事の量は計り知れない。こんなに沢山の情報が発信されれば、興味を持つ人の数も多くなって当然だろう。お陰で、プレスセンターの大きさも並大抵ではない。そして、これが毎日移動していくのかと思うと、その作業量は膨大になるだろう。もちろん、沿道で応援する人々の数も半端ではない。昨年は3週間で1200万人の観衆が集まったという。今年、現地を訪れた時も、通過する前日からキャンピングカーで場所取りをして、ワインを飲んでいる老夫婦を見かけた。こうして、ひと夏の間、ヨーロッパ中の人々を熱狂させているのかと思うと、もはやこのレースは自転車イベントの域ではないのかもしれない。
(写真:連日多くの観客が詰めかける)

 これだけの人が注目するスポーツイベントは、オリンピックかサッカーのワールドカップしかないだろう。事実、スポーツイベントが動かす経済規模としては、ワールドカップ、オリンピックに続くものだという。このことからも、単なる自転車レースという枠ではおさまりきらないというのもお分かり頂けるだろう。そしてTDFのすごいところは、これだけのビッグイベントでありながら、4年に1度ではなく、毎年開催されているということだ。それでいて価値が薄れることなく、今もトップクラスのスポーツイベントであり続けているのだ。

 今年の現地取材時、レースのスタートを見送った我々が、フライトまでの時間を近くのレストランでTV中継を見ながら食事をしていた時のことだ。レースの資料を見ながら観戦している僕たちに隣席の老夫婦が話しかけてきた。こんな場所に日本人が来るのは珍しいらしく、自分たちが知っている日本の知識を一生懸命話してくれる。そして、このレースのコースの解説やフランス選手の戦略まで、かなり偏ってはいるようだったが、付け焼刃でないことはよく分かる内容だった。正直、その内容よりも一見、まったくスポーツの香りがしない老夫婦が熱くTDFを語ることに感心して見入ってしまった。やはりこの国では、単に競技スポーツではなく、100年以上の歴史を誇る文化なのだろう。自転車を愛する者として嬉しくも、羨ましくもある時間だった。その後、ちょっといい気持ちで空港に向かえたのは白ワインのせいだけではなかったと思う。
(写真:新城幸也選手の健闘も嬉しいニュースのひとつ)

 さて、このように注目度も経済規模も桁違いのTDF。いよいよ今週末、3週間に及んだ戦いのフィナーレを迎える。読者の皆さんも夜くらいは暑い日本を離れ、画面上でフランス旅行してみませんか。

(写真:(c)Yuzuru SUNADA)

 J SPORTSで第100回ツール・ド・フランス全21ステージ独占生中継![/b]

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。今年1月に石田淳氏との共著で『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)を出版。
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