プロ野球「人事と年俸」改革試案<前編>

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 今オフのプロ野球のFA権を取得した選手の大型契約での移籍が目立つ。広島から巨人に移る丸佳浩は「5年総額30億円超」。埼玉西武から東北楽天に移る浅村栄斗は「4年総額20億円超」。埼玉西武から巨人に移る炭谷銀仁朗は「3年総額6億円」。高額な年俸選手を抱えることは球団経営を圧迫し兼ねない。13年前に「人事経済学」の専門家とプロ野球の年俸高騰とそれに伴うリスクについて語り合った。移籍市場の動きが激しい今オフ、今一度この原稿を読み返してみよう。

 

<この原稿は『月刊現代』(講談社)2005年2月号に掲載されたものです>

 

 スポーツ紙や一般紙のスポーツ面を開くと「厳冬更改」という見出しが目に飛び込んでくる。プロ野球再編騒動の折、経営者たちが球団経営悪化の理由として真っ先に口にしたのが「選手の年俸高騰」だった。確かに「ちょっともらい過ぎではないか」と感じる選手は少なくない。しかし、逆に言えば、これは経営サイドに“目利き”の査定担当が少ないことの証明でもある。赤字が出ても親会社の広告、宣伝費で補填できるとなれば、経営から緊張感が失われるのは当然だ。

 

 プロ野球の年俸は、どのように算出すべきなのか。また合理的な算出基準があるとすれば、それはどのようなものか。プロ野球が抱える永遠のテーマに「人事経済学」が専門の樋口美雄慶應義塾大学教授とともに切り込む――。

 

二宮:「厳冬更改」のプロ野球にあって大幅アップを勝ち取ったのがセ・リーグを制した中日の川相昌弘です。彼はシーズンを通してわずか6本しかヒットを放っていないのに3000万円から5000万円にアップしました。ホームランにいたっては、たったの1本です。「プレー以外の面も評価してもらえました」と川相は素直に喜んでいました。

 

 球団の“川相優遇策”は大正解、というのが私の意見です。中日優勝の原動力は荒木雅博、井端弘和の1、2番の成長ですが、川相のアドバイスがどれだけいきたことか。井端にはバットを握る位置を指摘することでバントを上達させ、荒木には下半身の使い方を教えることで課題だった送球を安定させた。巨人時代、ベンチから見ていて気になったことをすべて彼らに伝えたというんですね。そうしたことを考えると、川相こそは優勝の陰の立役者と言えなくもない。コーチ料まで含めると5000万円でも安いかもしれません。

 

 スキルアップのプログラム

 

樋口: 最近、多くの企業が成果主義を採用していますが、これは行き過ぎると個人プレーの評価のみになって、先輩から後輩へ良き技術を伝承していくといったインセンティブが失われてしまいます。むしろ技術や知識を教えず隠す方向に行ってしまいかねない。

 

二宮: 成果主義の負の部分、はっきり言えば弊害ということですね。

 

樋口: かつて日本の賃金体系は年功序列でした。優秀な後輩が入ってきても人事が逆転したり、給与が逆転したりすることはなかった。だから安心して後輩に技術や知識を伝承することができたんです。

 

 ところが成果主義が導入されて、競争社会になってしまうと、後輩だろうがライバルなわけですから、そう簡単に自らの経験を伝えようとはならないでしょう。場合によっては人間関係がギクシャクしてしまうこともある。

 

二宮: 昔、金田正一さんは「カーブを教えてください」と言ってきた後輩に「カネ、いくらだすんや?」と逆に聞いたそうです。ある意味“プロの鑑”と言えるかもしれない。

 

樋口: そうですね。だから川相をうまく使った中日が好成績を収めたのは当然で、後輩に経験を伝えることで自分も評価される環境があったということでしょうね。また数字に表れない川相のそうした価値を報酬としてきちんと算出した。後輩への指導がただ働きではなく自分にもメリットがあるということを理解した川相は、もっといい仕事をしてやろうという気になるでしょうね。

 

二宮: 川相から聞いたのですが、落合博満監督は「気がついたことがあったら自由にアドバイスしていい」と言ったそうですね。もし、これが巨人なら「守備コーチの許可を得ろ!」「打撃コーチの越権行為になるようなことはするな!」と釘を刺されていたかもしれない。管理主義が行きすぎると“人の和”のようなものが失われますね。川相の存在を煙たがった堀内恒夫監督と落合監督の差が表れたような気もしています。

 

樋口: 数字に表れる個人の業績ばかりが評価されすぎると、どうしても即戦力重視ということになって、人を育てようという意識が希薄になってくる。

 

 実際、バブル崩壊以降、どの企業も人件費に占める教育訓練費が減ってきています。人を育てる時間がもったいない。すぐに使える人材を外から連れてくればいい、という考え方が支配的になってきた。

 

 確かにこちらの方が短期的な実績を見た場合はいいかもしれない。しかし、それが長期的な企業競争力につながるとは思えない。外からきた人は1~2年は身につけた技能でしのげるとしても、そこから先のステップアップのプログラムは用意されていない。つまり、結局は“その場しのぎ”でしかないということです。

 

二宮: 今の話は、まるで巨人のようですね。巨人の関係者は「ウチは常勝を義務付けられている」と二言目には言います。これは毎年、単年度決算の大幅な黒字が求められているようなものです。優勝しようと思えば、即戦力を外からたくさん連れてくるしかない。昨年でいえば、タフィ・ローズであり、小久保裕紀であったわけです。もっと時代をさかのぼれば清原和博、江藤智、工藤公康、ロベルト・ペタジーニ……ほとんどが高給取りの外国人かFA選手です。

 

 こうしたチームづくりを推進した結果、どうなったか。若手は出る幕がなくなり、明らかにモチベーションが落ちてきた。ファンも「どこのチームかわからない」ということでスタンドには空席が目立つようになってきた。私は巨人の“金権路線”は破綻したと考えています。

 

(中編につづく)

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