アイランドリーグ出身選手たちは今 〜金森敬之(ロッテ)編〜
NPB、四国アイランドリーグplusともにシーズンは、いよいよ最終盤に突入している。独立リーグ史上最高位となるドラフト2位で中日に入団した又吉克樹(元香川)は9勝(1敗)をあげ、今や欠かせないリリーフの柱に成長した。千葉ロッテの角中勝也(元高知)もチームの主力として、試合に出続けている。彼らに続こうと2軍で奮闘中のアイランドリーグ出身選手の今を追った。
(写真:2軍の首脳陣は金森について「カーブで緩急もつけられるし、決め球のフォークもある。コントロールが安定すれば1軍の戦力になる」とみている)
投げられる喜びを力に――金森敬之
9月15日、千葉ロッテ2軍は2年ぶりのイースタンリーグ優勝を収めた。優勝を決めた埼玉西武戦、4−4の同点で迎えた7回からマウンドに上がったのが、今季、アイランドリーグ愛媛からNPB復帰した金森敬之だった。
走者を背負いながらも2回を2安打無失点。その間にロッテが1点を勝ち越し、これが決勝点となった。リーグ制覇を果たした試合での勝利投手。2年ぶりのNPB所属となった今季、金森は2軍でリリーフとしてチームで2番目に多い36試合に登板し、3勝3敗、防御率2.59の成績を残している。シーズン当初は育成選手としての契約だったが、その働きぶりが認められ、6月には支配下登録された。1軍でも6月末から8月にかけて9試合で投げた。
「シーズン後半に向けて、徐々に調子が上がってきた感覚がありますね」
本人も北海道日本ハム時代の感覚を徐々に取り戻しつつある。東海大菅生高から日本ハム入りした金森は、かつては1軍でセットアッパーも任された実績を持つ。2009年の東北楽天とのクライマックスシリーズ第2ステージでは、第2戦に3−1とリードした8回、無死満塁の大ピンチでマウンドへ。後続をピシャリと断って、チームの勝利に貢献した。日本シリーズ進出が決定した第4戦でも7回途中からマウンドに上がり、クローザーの武田久へバトンをつないだ。
ところが、順風満帆に映った野球人生は故障で暗転する。11年以降、金森の名前は1軍から消えた。右ヒジを痛め、12年の3月には内側側副靱帯の再腱手術を受ける。診断は全治10カ月。1年を棒に振り、翌シーズンの復帰を目指していたオフ、戦力外通告を突きつけられた。
「このままでは終われない。投げられる状態で、もう1回チャレンジしたかったんです」
アピールの場として選択したのがアイランドリーグだった。妻と2人の子供とともに愛媛に引っ越し、貯金を切り崩して生活しながら1年での復活に賭けた。夏の段階では「状態は8割。もう一押しの部分がうまくいかない」ともどかしさを口にしていたものの、シーズン終盤にかけて、ひじの不安もなくなり、納得いくボールが投げられるようになってきた。
四国では35試合に投げ、一定の手応えはつかめた。NPBの12球団合同トライアウトを経て、ロッテから秋季キャンプでの入団テスト参加の声がかかる。紅白戦での登板は2回3失点。だが、育成選手として契約の話をもらった。元NPB選手がアイランドリーグを経て復帰を果たしたのは、秋親(福岡ソフトバンク−福岡−ロッテ)以来、2人目である。
狙うは7月31日の支配下登録期限までの昇格だ。石垣島での春季キャンプ。意気込んでブルペンで投球練習をしていた金森に、あるコーチが近づいた。
「テイクバックが力んで内側に入り過ぎているな。もっと真っすぐ腕を引いたらどうだ」
言葉の主は2軍投手コーチの小谷正勝だった。大洋・横浜(現DeNA)、ヤクルト、巨人を渡り歩き、佐々木主浩、三浦大輔、五十嵐亮太、石井弘寿、山口鉄也らを指導した名伯楽は、NPBに戻ってきた右腕の修正点をピンポイントで指摘した。
「テイクバックの際、腕がライト側のほうに入っていました。これだとスムーズに腕が振れず、ボールが低めにコントロールできないんです」
アドバイスの意図を小谷はそう説明する。金森が指導された通りにムダな力を抜き、腕を真っすぐ引いて投げると、明らかにボールの質が上がってきた。目からウロコの助言だった。
「腕が振れて、より前でボールを放せるようになったんです。コントロールもキレも良くなりました。ヒジを手術した影響もあって、どうしても前のようなボールを投げたいと知らず知らずのうちに力んでいたのでしょう。肩にも負担がかかっていたので、自分では気づかなかった点を指摘していただいて、本当にありがたかったです」
進化を実感し、開幕からファームで1試合1試合、悔いがないように全力投球した。アイランドリーグで投げていたとはいえ、NPBは2軍でもバッターのレベルが違う。疲労度は愛媛時代の比ではなかった。
「最初は腕やヒジの張りもあって、体はきつかったんです。でも、トレーナーさんにケアしていただきながら、徐々に慣れていきました」
気づけば中継ぎでチーム最多の登板数を重ねていた。そして6月17日、球団から待ちに待った連絡が入る。
「“おめでとう。支配下登録することになりました”と言われました。その言葉を聞いた時にはうれしかったですね」
翌日には1軍が試合をしていた横浜スタジアムへ行き、支配下登録の会見も行った。
背番号は「120」から「67」へ。同27日には1軍に昇格する。その日のオリックス戦(QVCマリン)で実に4年ぶりとなる1軍マウンドに上がった。場面は0−6とビハインドの最終回だった。
「ファンの声援がものすごくて力になりました。でも、ちょっと力みすぎましたね……」
本人も苦笑するようにヒットと四球ですべての塁を埋めてしまった。それでも最後は安達了一をセンターフライに打ち取り、なんとかスコアボードに0を入れた。
4年ぶりに勝ち投手となるチャンスが巡ってきたのは8月8日の西武戦だ。0−4とビハインドで迎えた6回、2死二塁の場面で3番手として登板。3番・栗山巧には四球を与えたが、一発のある主砲・中村剛也をセンターフライに仕留め、ピンチを切り抜ける。すると直後に味方が一挙5点を奪って大逆転。勝ち投手の権利を手にした。
「ベンチでは“あとは祈っとけ”と言われましたね(笑)」残念ながらチームは逆転負けを喫し、ウイニングボールを手にすることは叶わなかったが、「中継ぎなんで勝ち星は気にしない。チームが勝つために貢献できればいい」と前を向いた。
(写真:「インコースをしっかり突けば抑えられる」と1軍では収穫もあった)
だが……。翌日の西武戦、本人も「悪夢」と振り返る出来事が訪れる。5−8と3点ビハインドの最終回、1死二塁でマウンドを託された。ロッテは8回に4点を返し、追い上げムード。ここで相手に流れを渡さなければ、試合をひっくり返す可能性が出てくるかもしれない。
そんな大事な状況で、金森はめった打ちを食らってしまう。最初のバッター炭谷銀仁朗にタイムリーを許すと、二塁打、二塁打、ヒットと4連打。四球を挟んで、再び連打を浴びた。奪ったアウトは三振による1個のみ。被安打7で6失点。この回のスコアボードには絶望的な「9」が灯り、試合を完全に壊した。
「打ち取ったと思った当たりもヒットになって、もう、どうやっても止められない。打ち損じを願って投げ続けたんですけど……。キツい登板になりました」
久しく味わっていなかった1軍の厳しさ。途中降板させられた金森を待っていたのはファーム行きだった。
「決め球の精度が課題ですね。やはり甘いところに投げミスをすると一発で仕留められてしまう。どれだけ低めにコントロールよく投げられるか。久々に1軍で投げて見て、1球の大切さを改めて思い知らされました」
できれば経験したくない“悪夢”だったが、前向きにとらえれば次なる課題も発見できた。何より、故障で投げられない苦しさと比較すれば、投げて苦しめるほうが、まだマシだ。
だから、決して下は向かない。
「やっぱり自分には野球しかない。今はたくさん投げられておもしろいですよ。どうなるか分かりませんけど、1年でも長く続けたい」
NPBで投げられる喜びを1球1球に込め、金森は再び1軍マウンドへ戻るべく、白球を投げ続ける。
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金森選手の直筆サインボールをプレゼント致します。ご希望の方はより、本文の最初に「金森敬之選手のサインボール希望」と明記の上、住所、氏名、年齢、連絡先(電話番号)、記事への感想などがあれば、お書き添えの上、送信してください。応募者多数の場合は抽選とし、当選は発表をもってかえさせていただきます。締め切りは9月30日までです。たくさんのご応募お待ちしております。
(石田洋之)
9月17日(水)
愛媛、チャンピオンシップ前の最終戦飾れず(ソフトバンク2勝2敗、マドンナ、128人)
福岡ソフトバンク(3軍) 1 = 000000010
愛媛マンダリンパイレーツ 0 = 000000000
勝利投手 清水
敗戦投手 中村(0勝3敗1S)
セーブ 鈴木
<順位表> 勝 負 分 勝率 差 残
1.徳島 23 11 6 .676 優勝 0
2.愛媛 24 13 3 .649 0.5 0
3.高知 12 20 7 .375 9.5 1
4.香川 12 24 3 .333 2.0 1