あれは、9月の日曜日の夕方だっただろうか、近所の公園で久しぶりにシャドウピッチングの真似事などをしていると、サッカーボールを蹴っていたはずの小学生らしい男の子たちが、いつの間にか言い争いを始めている。
「センキョだよ」
「ちがうよ」
「だってテレビでやってるじゃないか」

 何の話かと思って眺めていると、気の強そうな顔をした子が声をかけてきた。
「ねえ、おじさん。日本の総理大臣は選挙で選ぶんだよねえ」
「ちがうよ。選挙で選ぶのは大統領だよ」
 すかさず別の子が言い返す。ははあ。要するに過日行なわれた自民党総裁選のことを言っているんですね。

「いやまあ、あれは学級委員をクラス全員の投票で選ぶようなものだから。だけど、校長先生はみんなが投票して決めるわけじゃないだろ。そんなようなもので、みんなで選挙して決めるわけじゃないんだよ、総理大臣は……」
 いやはや、近所のヘンなおじさんとしては、いささか間抜けな説明をしたのでした。

 それはともかく、言えることは、子どもたちには、自民党総裁選が国政選挙に見えてしまう、ということですね。ここには、明らかに一種のまやかしがある。それをきっちり教育の場で説明せずに、ズルズルとやり過ごしているのが、我々の住むこの国の特徴なのでしょう。ほめられた習慣ではないと思うが。

 似たようなことは、もちろんプロ野球界にも起きている。クライマックスシリーズとかいうシロモノである。なんと、リーグ3位のチームでも、勝ち進めば日本一になれるという制度だ。おかしくないですか? 自民党総裁選は別におかしくはない。一政党の決まりごとであって、国政選挙ではないのだから。だが、日本一を決めるはずの日本シリーズに、リーグ3位のチームが進出できるというのは、欺瞞としかいいようがない。

 よくしたもので、今年はセ・パともに、シーズン途中から、AクラスとBクラスの差がはっきりついた。セ・リーグは巨人、中日、阪神。パ・リーグは北海道日本ハム、千葉ロッテ、福岡ソフトバンク。3位と4位が競り合って、優勝争いよりも3位争いの方がスリリング、なんて愚かな事態にならなくて、本当によかった。
 救いだったのは、9月に入って上位3チームが、とにかくリーグ優勝を目指す、と言い続けたことだ。選手、監督の気概には拍手を送りたい。

 ただ、たとえば10月1日の中日−広島戦。3−3で迎えた8回裏に広島・嶋重宣の2点三塁打が出て、3−5とリードを許し、そのまま中日が負けた試合だが、この時点で巨人のマジックが「1」となり、事実上、優勝が決まった。ここで、もし、と夢想してみる。もし、クライマックスシリーズがなかったら、あの試合の9回表の中日の攻撃は、もっと鬼気迫るものになったのではあるまいか。実際の攻撃も紙一重で逆転の可能性さえ感じさせる、気迫あふれるものだったが、もしかしたら、我々は、さらに極限状態に追い込まれて力を出そうとする人間の姿を目撃できたかもしれないのである。

 誤解しないでいただきたいが、間違いなく、中日の選手は全力を尽くした。しかし、まやかしのシステムが、我々から選手の真の極限状態を見る機会を奪ったかもしれないのである。人には自分でも気づかない潜在能力が宿っているものである。プロ野球選手であれば、これから繰り出す彼のプレーのどこかに、潜勢力とでもいうべき可能性が残っているはずだ。それは、かつて経験したこともないような極限状況に置かれたとき、時として、噴出するだろう。それを人は気軽に、「奇跡」と呼んだりする。そういうプレーが起こる瞬間を目撃するチャンスを、我々は奪われていたのではないか。

 クライマックスシリーズは短期決戦である。すぐに、どちらかのチームが剣が峰に立たされる。いわば、極限状態は容易に、しかも次々とやってくる。だから、テレビで中継すれば視聴率も上がる、とソロバンをはじいた経営者が、たくさんいたのだろう。その結果として、こういうシステムが導入された。
 しかし、それはつくられた極限状態に過ぎない。10月1日の中日は、本来は4月から延々141試合積み上げてきたものが、成就するのか、潰え去るのかという、究極の緊張感のある場に立っていたはずなのである。クライマックスシリーズのように3試合や4試合で迎えた修羅場ではない。日本シリーズで4つ勝つための権利を得るのに、どちらが真にしびれるか、観る者を感動させるか。考え直すべきだと断言しておきたい。

 もう一つ、半端な状態のまま強行されているのが、ドラフト制度である。ナントカ枠だとか、高校生ドラフトだとか、正直言ってワケがわかりません。完全ウエーバー制度がいいのではないか、という大方の了解はできているように思うが、ところがどっこいで、システム変更の議論はさらに迷走するばかり。コミッショナー代行(!)という肩書きの方が、長らく組織の長を務めているという、これまたどこから見ても、まやかしと表現するほかない状態を、ズルズル続けているから、こんなことになるのでしょう。

 で、10月3日の高校生ドラフト。偶然に過ぎないのだろうが、天の配剤というものはあるのだな、と痛感した。
 まず、中田翔が北海道日本ハム。いい球団に当たったものだ。きっと彼は大成する。競合を怖れず指名をしてきた球団の方針の成果でしょう。高校時代の3年間で上体の力ばかりが目立つようになったが、本来の彼は下半身ががっちりしていた。今の日本ハムなら、的確に育てられるはずだ。

 そして、唐川侑己が千葉ロッテ。これも素晴らしい。ロッテなら唐川を育てられるだろう。成瀬善久だって育てたんだから。素質は広島カープの大竹寛並みだろう。大成するのは大竹より先だったりして……。
 つまり、地方球団として、いち早く「巨人の時代」から抜け出した両球団が、投打の大物を射止めたことになる。当分、パ・リーグはこの2強時代になるのではないか。

 一方のセ・リーグ。中日が獲った浦和学院の赤坂和幸、阪神が獲った横浜高の高浜卓也。ともに近い将来、一軍で活躍する力があるのではないか。(あ、ヤクルトが獲った佐藤由規については、同じ仙台の名門校からヤクルト入りした速球派・高井雄平みたいに伸び悩むなよ、とエールを送っておこう)。つまり、セ・リーグも中日、阪神の指名が比較的成功したように見える。
 球界は当面、日本ハム、ロッテ、中日、阪神の4球団がリードする時代に入ったのかもしれない。まさに、地方球団の群雄割拠を体現する布陣。歓迎すべき事だろう。え、巨人ですか? まずは優勝決定試合くらい日本テレビが中継するようにならないと、展望は開けないのではないですか。

 野球界の地殻は確実に動きつつある。問題は、その地殻をおおっているシステムが、まやかしに満ちたものであることなのだ。


上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
◎バックナンバーはこちらから