社会人野球には高校野球や大学野球などの学生野球、あるいはプロ野球にはない独特の魅力がある。それは選手の多様性にあるのではないか。プロを目指している選手がいる一方で、会社に骨を埋めるつもりの選手もいる。プロ経験者も少なくない。また都市対抗野球には「補強選手制度」という独特のシステムがある。同地区の予選で敗退したチームから、前年の優勝チームを除き、最大で3名までレンタルすることができるのだ。その意味で都市対抗野球は、各々異なるバックグラウンドを持つ野球人たちの“人生の交差点”のような場所である、とも言える。

 

 今年の都市対抗野球は決勝でENEOS(横浜市)が東京ガス(東京都)を5対4で下し、9年ぶり12度目の優勝を飾った。

 

 2013年以来、自身4度目の優勝監督となった大久保秀昭が「あそこが大きかった」と振り返ったのが、決勝、5回裏の継投の場面である。先発の関根智輝が1死一、三塁のピンチを招く。2番手の加藤三範が3ランを浴び0対4。さらにヒット、死球、四球で満塁に。ここで大久保は三菱重工Eastからの補強選手である下手投げの長島彰をマウンドに送った。「あまり見慣れていないボール」を投げる24歳を、指揮官は「優勝するための貴重なカード」と見なしていた。果たして長島は大久保の期待に応え、追加点を許さなかった。

 

 振り返れば、ここが勝負の分水嶺だった。長島が持ちこたえたことで、試合の流れは明らかに変わった。6回表、ENEOSは元プロ野球選手を父に持つ19歳の度会隆輝の3ラン、早大で主将を務めた丸山壮史の同点ソロ、そして8番・小豆沢誠の勝ち越しソロで、試合を引っくり返した。

 

 逆転劇の伏線となったのが長打で無死一塁のチャンスを二、三塁に拡大した補強選手の3番・武田健吾。三菱重工Eastからやってきた28歳はオリックスと中日で通算404試合に出場している元プロ野球選手だ。そして5対4の8回表、1イニングを3人でピシャリと封じたのも補強選手(同)の本間大暉だった。

 

 大久保は言う。「補強選手に対し、無理にでもチームに合わせてくれ、とは言わない。持っている力を最大限発揮してくれと。その環境づくりをするのが僕の仕事です」

 

 そもそも大久保自身、誰よりも多様性を体現している野球人である。慶大、日本石油(現ENEOS)でプレーした後、27歳でプロ(近鉄)入りし、横浜ではコーチも務めた。母校の慶大でも監督として3度のリーグ優勝を果たしている。この異色の経歴こそが「優勝請負人」の最大のバックグラウンドのように思えてならない。キャリアパスは一本道ではない。

 

<この原稿は22年8月3日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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