ぼくの取材範囲は広い。単行本に限っても、サッカー、野球、格闘技、そしてプロレス、芸能、政治──。最近は医療にも注力している。

 

 どのように題材を選ぶのですかという問いに対して、ぼくは「運と縁」と答え続けてきた。

 

 ノンフィクション作家にとって、題材選びはかなり重要である。成否の半分以上は何を描くかで決まるとも言える。書き手──ノンフィクション作家は、結果として被取材者に自分を重ねていることも多い。ある書き手にとって触手が伸びない題材が、別の書き手の取材対象になることがある。

 

 ただし、興味を持っていて、取材をしたいと思っていても、断られることもある。逆に、この人を書かないかと紹介されても、そのときのぼくの問題意識と合致しないこともある。めったにないことだが、取材を始めて、がっぷり四つに組む取材対象ではないと思うこともある。単行本にまで昇華するのは、まさに「偶然完全」なのだ。

 

 現在、ぼくは『フットボール批評』という季刊誌で『汚点 横浜フリューゲルスはなぜ潰れなければならなかったのか』という連載をしている。来年、連載を単行本にまとめるつもりだ。

 

 フリューゲルス消滅は心のどこかにひっかかっていた。当時、小学館の社員だったぼくは、週刊ポスト編集部で、何らかの記事を作ったはずだ。そのときの報道のほとんどは、選手たちが被害者であり、手を引いた全日空が悪というものだった。

 

 しかし、である。

 

 選手たちは個人事業主である。その能力を買われて一般の会社員よりも高い収入を得ている。クラブがなくなろうと、能力さえあれば、他のクラブと契約できる。実際に彼らのほとんどは他クラブに移籍していった。

 

 1999年にぼくは小学館を退社した後、多い年は年に地球を5周するほど移動していた。目的地は、ブラジル、パラグアイ、スペイン、フランスなどサッカーが文化として根付いている国だった。そこでは大小、様々なクラブがあり、生活の一部になっていた。豊かな生活とは何か、その中でスポーツはどうあるべきなのか。そして、いったいサッカークラブは誰のものなのだろう、と考えるようになっていた。

 

 たまたま、ぼくが大学で教鞭をとっていたときの教え子の父親がフリューゲルスの元関係者だった。そしてフリューゲルスの連載に取りかかることになった。

 

 フリューゲルスの前身、全日空サッカークラブを調べていて、あっと思ったのは、86年シーズンの“ボイコット事件”だった。全日空サッカークラブの6人の選手たちが最終節の三菱重工戦の出場を拒否した。

 

 この事件のことはかすかに記憶に残っていた。調べていくうちに、フリューゲルスが消滅しなければならなかったひとつの「根」はここにあると確信するようになった。

 

 全日空サッカークラブの中心選手だったのが、ヴェルディ川崎の監督を務めたこともある李国秀さんである。ずっと李さんは気になる存在だった。

 

 きっかけは高校サッカー界の名伯楽との対談

 

 拙著『キングファーザー』の主人公、三浦知良選手の父、納谷宣雄さんを巡る綱引きで主力選手が去ったヴェルディを、見事に立て直したのが李さんだった。桐蔭学園でも日本代表選手たちを育てた彼の手腕は疑いようがない。しかし、毀誉褒貶の相半ばする人物でもあった。特に日本において、個性が強く、自らの才を恃む者は孤立しがちだ。一度、彼に話を聞いてみたいと思っていた。

 

 ここにもうひとつの「縁」が重なった。

 

 旧知のウェブ編集者、中川淳一郎さんに誘われて、ウェブライターの会に顔を出したことがあった。そこで中川さんから両角浩太郎君を紹介された。両角君は李さんの元担当編集者でウェブ周りの手伝いをしているという。プロレスマニアである彼は、ぼくの本を読んでいた。田崎さんが興味あるならば李さんと繋ぎますと言った。

 

 両角君から電話番号を聞き、李さんに電話をした。第一声は彼らしいものだった。

「全日空サッカークラブについて聞きたいというのは分かった。でもさ、全日空サッカークラブよりもぼくのことを書きたいと思ったらどうするの?」

 

 ぼくはそのときはまた考えますと答え、彼の自宅に近いイタリアンレストランで会うことになった。彼には聞きたいことがたくさんあった。過去の資料に目を通したが、彼の人となりが今ひとつ伝わってこなかった。サッカー界では、弁の立つ彼を遠巻きで見ているような印象があった。ぼくの質問ひとつひとつに彼は逃げることなく、きちんと答えた。覚悟を持って臨めば応えてくれる人間だった。その後、彼とは何度か会って話を聞くことになった。

 

 しばらくした頃だった。両角君から連絡があり、李さんがYouTubeを立ち上げる、手伝って欲しいという。李さんに気後れせずに話ができる人間は限られている、聞き手になって欲しいというのだ。そして彼のYouTubeチャンネル『李国秀のLeeチャンネル~スポーツは世界を覗く窓~』が立ち上がった。何回か収録した後、李さんと親しい、清水商業監督だった大滝雅良さんと対談することになった。

 

 大滝さんは、小野伸二、藤田俊哉、名波浩、川口能活などの日本代表選手を教え子に持つ、高校サッカー界きっての名伯楽である。

 

 収録は清水駅前のビジネスホテルの一室で行うことになった。李さんたちと部屋に入るとすでに大滝さんが待っていた。にこやかな大滝さんは好々爺という風情だった。やはり教え子の安永聡太郎から聞いた印象と違っていた。大滝さんと話が途切れたとき、日に焼けた精悍な顔つきの男が近づいてきた。どこかで見たことがある顔だった。

 

 彼は「楽山と言います」と頭を下げた。「今、中国でサッカースクールをやっています」

 

 ジェフユナイテッド千葉で要田勇一の同僚だった楽山孝志だった。

 

(つづく)

 

田崎健太(たざき・けんた)

1968年3月13日京都市生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。

著書に『cuba ユーウツな楽園』 (アミューズブックス)、『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『ジーコジャパン11のブラジル流方程式』 (講談社プラスα文庫)、『W杯ビジネス30年戦争』 (新潮社)、『楽天が巨人に勝つ日-スポーツビジネス下克上-』 (学研新書)、『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『辺境遊記』(英治出版)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社 ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『真説・長州力 1951-2018』(集英社)。『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』(光文社新書)、『真説佐山サトル』(集英社インターナショナル)、『ドラガイ』(カンゼン)、『全身芸人』(太田出版)、『ドラヨン』(カンゼン)。最新刊は「スポーツアイデンティティ どのスポーツを選ぶかで人生は決まる」(太田出版)。

2019年より鳥取大学医学部附属病院広報誌「カニジル」編集長を務める。公式サイトは、http://www.liberdade.com


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