2020年10月3日、清水駅前にあるビジネスホテルの一室で、YouTube「李国秀のLeeチャンネル~スポーツは世界を覗く窓~」収録が行われた。李国秀さんと清水商業監督(現・清水桜が丘)の大滝雅良さんが対談、ぼくが司会を務めた。

 

 2人の指導方法、サッカーに対する哲学はかなり違う。

 

 李さんは17歳で読売クラブとプロ契約を結び、香港リーグを経て、横浜トライスターサッカークラブ(後の横浜フリューゲルス)で実質監督兼選手としてクラブを短期間で日本リーグ一部へと昇格させた。現役引退後は桐蔭学園、ヴェルディ川崎で指導者を務めている。彼にとってサッカーは人生で最も大切なものであると同時に「ビジネス」でもある。プロ化――Jリーグ以前から彼はサッカーで糊口を凌ぐという世界のスタンダードを実践してきた男である。

 

 一方、大滝さんにはプロ選手としての経験はない。高校教師である彼の根底には、暴発しがちな若い力をサッカーを使って正しく導こうという考えがあるように思えた。教育者としての視座である。

 

 対談中、大滝さんは年下の李さんを立てた。李さんも大滝さんの人間としての器の大きさに一目置いていた。お互いに敬意のある心地良い対談だった。

 

 収録後はサッカー関係者による酒宴となった。寿司屋の大広間には、大滝さんの関係者、教え子たちが集まった。その和やかな、そして暖かい雰囲気から、彼が本当に慕われているのだと良く分かった。その後、東京から来たリーチャンネルのスタッフは二次会に向かった。こじまんりとした洋風居酒屋でぼくは李さんと楽山孝志と同じテーブルになった。

 

「こいつ、中国語出来るって自慢するんですよ」

 

 李さんは楽山を指さした。

 

 李さんは大滝さんから乞われて清水商業サッカー部で臨時コーチを務めていた時期がある。楽山はそのときの教え子だった。

 

「中国語ができないと向こうでは仕事できないでしょう。すごいと思いますよ」

 ぼくが返すと、楽山は「いちおうちゃんとやってます」と口の端に笑みを浮かべた。

 

 楽山は深圳で『TCF楽山サッカー塾』を主宰していた。彼がジェフユナイテッド千葉やサンフレッチェ広島でプレーした後、ロシアを経て中国に渡ったという記事を読んだ記憶があった。現役引退後も中国に留まっていたのだ。

 

 前回書いたように、ぼくはフットボール批評の連載『汚点 横浜フリューゲルスはなぜ潰れなければならなかったのか』の取材で李さんと知り合った。その後、彼の高校生への指導を見学した。李さんのやり方はぼくがこれまで見てきた指導者と違った。とにかく実践的なのだ。ボールの当てる場所、歩幅、スライディング、ヘディングーー李さんの教えを受けて選手たちが目に見えて上達することに舌を巻いた。桐蔭学園の監督時代に森岡隆三、山田卓也、戸田和幸といった日本代表選手が育ったのは当然だったのだ。

 

 同時に、李さんが才気走った人間にありがちな摩擦が起こす理由も朧気に分かった。

 

 彼は選手の能力を一瞬にして見抜いてしまう。才能とは残酷なものだ。李さんは自分の基準に達しない選手に冷淡である。現実を認めさせるのも指導者の務めであると考えているように映った。

 

 彼の考えは正しい。しかし、言い方によっては反発を食らうだろう。彼はそこには頓着していないようだった。

 

 それは在日朝鮮人という彼の出自と関わりがあるかもしれない。

 

 彼の年代ならば、いわれのない差別に晒されたこともあったろう。そこで自分の力を見せつけることで存在価値を示してきた。お前たちも、俺を認めさせればいいじゃないかと。

 

 ただ、そこまで強靱な心をもった人間は稀だ。彼の教え子であっても、距離を置いている人間が少なくない。

 

 この日もそうだった。

 

 李さんの楽山への当たりは厳しかった。彼の中では、高校時代の青い姿が頭に残っていたのかもしれない。

 

 しかし、ぼくはこうも思った。

 

 異国で自分の名前を冠したサッカースクールを立ち上げるというのはどれほど大変か。

 

 それも中国である。

 

 日本の元になった文化の国でありながら、違う部分も多い。そして戦争という憎しみの過去がある。その中でビジネスを続けているというのは、凄いことだ。

 

 ぼくは楽山に「李さんが悪態をついてごめんね。彼は気になる人間には厳しく接するような気がするんだ」ととりなした。すると楽山は「わかっています。大丈夫です」と笑った。

 

 この柔らかな笑みを理解するには、楽山が辿ってきた道を振り返らねばならない――。

 

田崎健太(たざき・けんた)

1968年3月13日京都市生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。

著書に『cuba ユーウツな楽園』 (アミューズブックス)、『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『ジーコジャパン11のブラジル流方程式』 (講談社プラスα文庫)、『W杯ビジネス30年戦争』 (新潮社)、『楽天が巨人に勝つ日-スポーツビジネス下克上-』 (学研新書)、『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『辺境遊記』(英治出版)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社 ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『真説・長州力 1951-2018』(集英社)。『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』(光文社新書)、『真説佐山サトル』(集英社インターナショナル)、『ドラガイ』(カンゼン)、『全身芸人』(太田出版)、『ドラヨン』(カンゼン)。最新刊は「スポーツアイデンティティ どのスポーツを選ぶかで人生は決まる」(太田出版)。

2019年より鳥取大学医学部附属病院広報誌「カニジル」編集長を務める。公式サイトは、http://www.liberdade.com


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