W杯を勝ち抜くには「神がかるGK」が必要
ボルシアMGの板倉が左膝靭帯を部分断裂した。ついこの間、バイエルンと激しくやりあい、敵地で勝ち点をもぎ取るという得難い経験を積んだ選手のW杯出場が危うくなってしまった。
痛い。痛すぎる。
とはいえ、嘆いたところで事態が好転するわけでもない。こうなったら、チャンスが広がったライバルたちが目の色を変えてくれることを祈るしかない。
ただ、これでいよいよ重要になってきたのが、GKの役割である。
前述したバイエルンとボルシアMGの一戦にしても、試合が1-1の引き分けに終わったのは、ボルシアの戦術が素晴らしかったからでも、バイエルンの攻撃が不甲斐なかったからでもない。ボルシアのゴールを守るスイス代表のゾマーが凄すぎたから、だった。
この日の彼は、文字通り止めて止めて止めまくった。リーガの公式記録では、セーブ数の記録を更新したとのことだが、数だけでなく、その質も異様なぐらい高かった。長いことサッカーを見てきたが、あれほどまでにGKが輝く試合というのは見た記憶がない。
なので、思ってしまうのだ。板倉が抜けたのは痛い。猛烈に痛い。でも、その後ろにゾマーがいてくれるならば何とかなる。してくれる。
では、ゾマーになりうる日本代表のGKは誰なのだろうか。
難しいのは、ではゾマーが世界最高のGKかと問われれば、「違う」という答えが自分の中にあるところである。そして、W杯のような短期決戦を勝ち抜くために必要なのは、「世界最高のGK」というより、その日に「生涯最高」のプレーを見せてくれるGKだからである。
忘れられないのは90年W杯のアルゼンチンである。
前回大会王者としてイタリアに乗り込んだアルゼンチンは、初戦、カメルーンにまさかの敗戦を喫する。決勝点となったのは、GKプンピードの後逸だった。
続くソ連との第2戦。この試合も先発したプンピードだったが、開始11分、味方と接触してプレー続行不可能になってしまう。慌ててベンチが送り込んだのは、代表キャップが「1」しかなかった27歳のゴイコチェアだった。
あくまで個人的な印象だが、このゴイコチェアというGK、アルゼンチン史上はもとより、W杯史上でも屈指のお粗末なGKだった。ハイクロスの処理は絶望的。フィード能力も低い。
ところが、このゴイコチェアがアルゼンチンを救うことになるのだがらサッカーはわからない。GKに求められる資質の多くで世界レベルに達していなかったこの選手には、一点、本人も自覚していたとびっきりの武器があった。
PKの強さである。
準々決勝のユーゴ戦では、2本を止めてマラドーナの失敗を救い、準決勝のイタリア戦でもまた2本止めた。一躍国民的英雄となった彼は、大会終了後、FIFA世界選抜にも選ばれた。ただし、4年後のW杯ではあっさりと定位置を失った。
いまの日本に、ゴイコチェアのような歪なGKはいない。ただ、ドイツやスペインを倒すためには、どうしてもGKの神がかりが必要になってくる。
では、いまの日本で神がかるタイプのGKは誰か。真っ先にわたしの頭に浮かぶのは、中村航輔である。すっかり代表からはご無沙汰になってしまっているが、もう一度脚光を浴びる日が来れば、面白いことになる。
<この原稿は22年9月15日付「スポーツニッポン」に掲載されています>