複数のポジションをこなせるフットボーラーは、「マルチロール」と呼ばれる。

 ただ個人的にはイビチャ・オシムが持ち込んだ「ポリバレント」のほうが好きだ。

「Poly(複数の)Valence(価数、原子価)」「Polyvalent(多価の)」

 語源は化学用語だという。

 

 意味合いを考えてみると、単体としていろんなポジションができるというだけではきっと成立しない。周りをつなげて組織を強靭化させてこそ「ポリバレント」になるとは言えまいか。

 

 先日、日本代表はドイツ・デュッセルドルフに遠征して同じくカタールワールドカップ(11月20日開幕)に出場するアメリカ代表、エクアドル代表と対戦した。

 筆者が注目した一人が31歳の原口元気であった。アメリカ戦では1-0でリードしていた後半41分に先制点を挙げた鎌田大地に代わって出場し、彼の投入とともに3バックにシステムを変更して右ウイングバックに入った。残り時間も少なく目立ったプレーはなかったものの、バランスとスペースに気を配ってリードを守る役割をこなした。

 

 どのポジションを与えられてもミッションをこなせる安心感が彼にはある。プレー強度をいきなりトップギアに入れることができるのも特長だ。

 

 所属するウニオン・ベルリン同様に日本代表でも主に4-3-3のインサイドハーフで起用されてきた。とはいえ元来はサイドを主戦場にしており、ロシアワールドカップでは右サイドハーフで使われている。サイドであろうが、中のポジションであろうが、いつでもどこでも起用できるというのはチームにとって大きい。

 

 近年こそインサイドのイメージを強めてきたものの、早くからその才を見いだしていたのがオシムと同じく旧ユーゴスラビア出身のヴァイッド・ハリルホジッチ監督であった。トップ下、ボランチで起用し、期待の目を向けていたからだ。かつて指揮官にインタビューした際、このように語っていた。

 

「原口には中盤の真ん中、サイドアタッカーと2つのポジションをやってもらっている。真のポジションは中央だと思っている。ボールを持ってスピードアップでき、前線まで運んでいくことができる。

 

 どこのポジションで彼を使うかは相手次第でもあり、我々次第のところもある。ポリバレントな選手であり、我々にとって貴重な選手だと言えます」

 

 この言葉を受けて、原口にも尋ねたことがある。中央での起用に、当時はまだ戸惑いがあるように感じられた。

 

「ハリルホジッチ監督にはトップ下とか、少し低い位置でプレーするほうが向いているんじゃないかと何度か言われました。フォワードっぽくはない、とも。

 

 結構、そこは意外だったんですけど、違う能力を評価してもらっているのはプラスに考えています。ヘルタ(・ベルリン、当時所属)では4-4-2のサイドで、攻撃的なポジションでフィニッシュもチャンスメークもする。守備もしっかりやる。自分のなかではサイドが合っているのかなとは思いますけど、(代表では)チャンスをもらえるのであればどこでもチャレンジしたい」

 

 あれから時を経て、経験を積み上げて、自分のなかでようやく合致したのだろう。

 周囲と連動しながら組織の力を引き出すプレー。昨シーズン、ウニオン・ベルリンではまさにここが開眼した印象を受ける。今季、首位を走るチームのなかで出場機会を失っているものの、単純に競争が激化した影響にほかならない。ポジションを取り戻せば、それこそ進化の証明になるとも言える。

 

 11月1日に予定される26人の本大会メンバーのなかには名を連ねてくるはず。5人交代枠の有効活用が躍進のカギを握ってくるだけに、4バックだろうが3バックだろうが、サイドだろうが、中央だろうが複数のポジションで起用できる存在は貴重だ。

 

 チームを強靭化させるためのポリバレント。原口はまさに適役である。


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