全日本学生柔道体重別選手権大会は個人での大学日本一を決める大会である。大学の団体戦全国大会は全日本学生柔道優勝大会と全日本学生柔道体重別団体優勝大会の2つあるが、個人戦は年に1度だけ。しかし、現在大学4年生の代は、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、2年時が中止、3年時は無観客となった。10月1、2日に日本武道館で行われた大会に出場した3人の4年生を紹介する。

 

 我慢強さ覚えた感覚派

 

 佳央(よしお)・行成(ゆきまさ)・兼三の中村三兄弟、雅恵・順恵(よしえ)・巴恵の上野三姉妹に代表されるように、柔道界はきょうだい選手の成功例が多い。近年では東京オリンピックで金メダルを揃って獲得した一二三(ひふみ=パーク24)・詩(日本体育大4年)の阿部きょうだいが有名だ。今回紹介する女子73㎏級の立川桃(東海大4年)は、姉・莉奈(福岡県警)、兄・新(あらた=旭化成)、妹・真奈(福岡大2年)の4きょうだい全員が柔道家の柔道一家で育った。

 

 愛媛県四国中央市出身の立川桃は、中学、高校時代は無名だった。それが東海大進学後、一気に花開いた。1年時の全日本学生体重別選手権で初の全国優勝。「大学から全国での結果が出始めた。やっと柔道を楽しめている」という立川は団体戦でも活躍し、全日本学生優勝大会(5人制)と全日本学生体重別団体優勝大会制覇に貢献した。

 

 立川は以前、弊社サイトのインタビューに「自分は考えて柔道をやるタイプではない」と答えていた。

「私は感覚を大事にしています。4分間で決着をつけたいので、結構、攻めに出る方だと思います。その中でもタイミングが大切にしています。試合中、“今、(相手の懐に)入れる”というタイミングがある。その時に相手の懐に入れると、もう勝負が決まっているんです」

 

 その後も活躍を期待されたが、シニアの講道館杯全日本柔道体重別選手権大会(講道館杯)、全日本選抜柔道体重別選手権大会は不振だった。昨年の全日本学生体重別選手権では決勝で敗れ、大学日本一のタイトルも明け渡した。

 

 3年ぶりの大学日本一奪還に向け、立川は課題克服に励んだ。「これまで組み手を対策されていた」。兄・新にアドバイスをもらい、自らの成長に繋げた。

「組み手について、“こうすれば相手は嫌がる”ということを教えてもらいました」

 今年5月に行われた講道館杯の代替となった全日本強化選手選考会で、実業団の選手相手にも健闘し、2位に入った。ようやくシニアの大会でも結果を残せるようになってきた。

 

 この1年の成長について、「我慢強さが身についた」と本人。「塚田(真希)先生の言葉、ひとつひとつで成長できた」と恩師への感謝を口にする。塚田監督は「(我慢強さは)勝負強くなっていくために必要なこと。それを本人が自覚して取り組んでいったということだと思います」と評価した。

 

 全日本学生体重別選手権へは「学生最後の個人戦。絶対獲りたい」と臨む。組み手争い、我慢強さ。進化した立川の柔道に注目だ。

 

 王座は奪うよりも守る方が難しい

 

 次に紹介するのは連覇に挑んだ女子70㎏級の山梨学院大4年・多田純菜。昨年はオール一本勝ちで他を圧倒した。奈良・広陵中時代の2015年全国中学校柔道大会以来の全国タイトル。本人は優勝インタビューで「ひとつひとつの試合を頑張るという気持ちだった」と語った。

 

 彼女の強みを山梨学院大の西田孝宏総監督は、こう説明する。

「技が豊富で切れる。加えて、組み際に技を仕掛けられるのが武器。今のルールは十分な体勢になっていなくても技を仕掛ける選手が多く、それを凌ぐばかりでは消極的な姿勢と見られ、指導を取られる。純菜の場合、組み際にパッと掛けられるのが大きい。その意味で今のルールに合った選手と言えるかもしれません」

 昨年の全日本学生体重別選手権の勝ち上がりを見ても、2度の反則勝ち(相手の指導3回による)を除けば、払い腰、内股、横四方固めと組んでよし、寝てよしの戦いぶりだった。

 

 西田総監督は今大会に臨むにあたって、多田に「2連覇は難しいぞ」と喝を入れたという。

「なぜなら去年はチャンピオンじゃなかった。それがチャンピオンとなり、ましてやオール一本勝ちで優勝したわけです。『同じようなかたちにはならんよ。まわりが研究してきて、まともに組ませてもらえないこともある。それを想定してやらないといけないぞ』と伝えました」

 

 王座は奪うよりも守る方が難しい――。格闘技の世界の常套句だ。「前回はたくさん強い選手がいる中、挑戦者の気持ちでした。正直、勝てる自信はなかった。今回は前年度優勝ということで、いろいろな人からの期待があり、苦しい時もあった」と多田。その壁を乗り越える準備として、「前回の全学(全日本学生体重別選手権)が終わってから、技をいろいろな先輩に教わった」という。

 

「試合では、あまり緊張しないタイプ」という多田だが、西田総監督は「シニアで上に行くためには精神的な逞しさが必要」と話す。連覇のプレッシャーがかかる今大会の全日本学生体重別選手権が、その逞しさを測る試金石となる。「ひとつひとつの試合に集中して臨むのが自分の目標」と多田は語っている。

 

「ガッツの塊」

 

「ガッツの塊」。そう国士舘大の吉永慎也監督が評する4年生がいる。同大主将の男子100㎏級・熊坂光貴(くまさか・こうき)である。東京オリンピックで同階級金メダリストのウルフ・アロン(了徳寺大職員)は、ゴールデンスコア(延長戦=以下GS)に強いことから「ウルフタイム」と呼ばれたが、熊坂もまたパワーとスタミナに絶対の自信を持つ。

「試合時間が長くなり、相手の息が上がった時でも、自分は体力があり、力も強い。それでGSでの勝負に強いんだと思います」

 

 愛媛・新田高時代から粘り強さが売り物で、大学進学後、さらに磨きがかかった。だが全国から実力者が集う国士舘大で最初から飛び抜けた存在だったわけではない。高校時代は個人戦で全国大会ベスト8(5位)が最高だった。入学したばかりの練習試合で相手に投げられ、首を痛めたこともある。熊坂自身は「1年の時、同期の中西(一生)とトレーニングしたのですが、階級下の選手にも関わらずウエイトトレーニングで負けました」と屈辱を口にする。

 

「高校ではGSで息が上がって負けることもあった」という熊坂。力を付けるため、食生活も見直し、1日3食以上とってカラダづくりに励んだ。吉永監督は振り返る。

「彼は全体稽古以外のみならず、自主稽古を誰よりも行っている。エリートというわけではなく、いわゆる“叩き上げ”の選手。1年生の時は目立つ選手ではありませんでした。『負けるのは体力や技術で劣っている。勝つにはそれを補うしかない。ウエイトトレーニングを教えるけど、自分でやらないといけない』と伝えたら週6日取り組んだ。体重も5、6kgは増えたと思います。それでどんどん強くなっていきましたし、厳しい稽古にもついてきた」

 

 その吉永監督が言うには、「ここ2年で大学のトップレベルに成長した」のが熊坂だ。今年5月の全日本強化選手選考会で優勝し、初のシニア強化指定選手に選ばれた。さらなる高みを目指す以上、避けて通れないのが100㎏級のライバルたちだ。東京オリンピック金のウルフに加え、大学の先輩で18年アジア競技大会金の飯田健太郎がいる。

「ウルフ選手、飯田健太郎選手にはまだ勝てていないと思うので、これからメチャクチャ努力する必要がある」。そう言って視線を上に向けた。

 

BS11では今回紹介した3選手が出場の「全日本学生柔道体重別選手権大会」の模様を10月9日(日)19時から放送します。男女階級別による大学日本一(個人)を決める大会。最後の個人インカレに臨む4年生たちの戦いにぜひ注目あれ!

 

(取材・文・写真/杉浦泰介、取材・写真/大木雄貴)


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