第250回「変化するアイアンマンハワイと変わらないエネルギー」
トライアスロンの世界での頂点といえば「アイアンマンハワイ」。通称「KONA」で知られるハワイ島コナで開催されている、アイアンマンの世界選手権だ。
世界で50レース近く開催されていているアイアンマン(スイム3.8km、バイク180km、ラン42.2㎞)で勝ち抜き、出場資格を取ったものだけが出場できる大会。1978年から始まり、45年もの歴史を持ち、オリンピックにトライアスロンが正式種目に採用されるかなり前から、この世界で輝いてきた。
このレースの特徴的なのは、エイジグループとプロが同時に競技し、それぞれのチャンピオンが決まるということ。今年の世界チャンピオンで、東京五輪8位のグスタフ・アイデン(ノルウェー)も「アイアンマンの世界はエイジとプロが一緒に競技する稀な存在で素晴らしい」と述べている。通常、スポーツでプロと一般という別のカテゴリーが一緒に開催するのは珍しく、世界的にもトライアスロンとマラソンくらいなものだろう。そして、その頂点を決めるようなレースを一緒に実施するケースは極めて珍しい。
トライアスロンの世界でもオリンピックディスタンスは、ルールも開催方法も異なっており、ある意味別のスポーツのような存在になっている。そこもアイアンマンが評価されている大きなポイントである。そんなこともあり、今でもアイアンマンはこの世界で特別な輝きを放ち、トライアスリートの憧れ。その結果、マーケットもここを中心に回っているのだ。
そんなアイアンマンハワイも、例に漏れずコロナの影響を受け、2年も開催ができなかった。米本土では国外から訪れる人を受け入れられても、ハワイ州はコロナ感染に敏感なため、受け入れられなかったからだ。
そんなKONAが3年ぶりに戻ってきた。
世界中のトライアスリートはもちろん、業界も、地元の皆さんも大いに期待するのは当然のこと。
そんな中で運営者は大きな賭けに出た。それはこれまで1日で開催していたレースを2日間(木曜日と土曜日に開催)にするというもの。これは参加者を増やしたいという狙いと、1日で開催する物理的な限界を感じていたという事情があるだろう。確かにこの5年は選手のレベルも上がり、拮抗してきたためにコース上が混み合うことが多くなった。20年前は同じ人数でもそんなふうに感じなかったのに、近年は走りにくいと思うことが多々あった。2日間にすることで、競技運営を円滑にし、イベントとしての盛り上げを狙ったということだろう。
スポーツのパワースポット
しかし、その影響はいいことだけではない。
2日開催となったことで、当然交通規制も2日間となり、地元からも反発があった。今までは土曜1日だったのが、平日である木曜も終日島の幹線道路がクローズされる影響は小さいはずがない。もちろん経済的なインパクトもあるが、それ以上に生活に影響を及ぼし、様々な意見が飛び交うのは当然だろう。
ただ、レースをやっていて走りやすくなったのは間違いないし、コースにも交通規制に対する気配りが随所に見られた。
たとえ2日に分かれてもKONAはKONA。
出場する選手は人生をかけてここにたどり着いている。そう、ここでスタートするのは簡単ではない。そのために長い時間と、お金をかけてトレーニングを積み、予選レースを勝ち抜いてやってくる。選手たちの顔には、その充実感と緊張感、さらに誇りがみなぎっている。そして、彼らに付いてきた家族や友人たちも、ここで走る意味を知っているからこそ、応援に力が入り、敬意が感じられる。過去多くのレースを走ってきた私でさえ、ここで感じるエネルギーは特別だ。
そんな特別で、厳しい気候条件を走り抜いてきた選手たちがフィニッシュを迎える会場は何とも言えない高揚感と、温かさで溢れ大いに盛り上がる。人生の大きな目標を達成した選手たちの清々しい顔。これを見ているだけで人間の価値観は変わるようだ。例年、僕もそんなトライアスロンの“パワースポット”に身を置くのを楽しみにしている。たとえこのスポーツをやっていない方でも、あの場を体験したなら、トライアスロンというスポーツに意味を感じ、時に生き方さえも考えさせられるだろう。
数年前に、タクシーの運転手から聞いた話。
ホテルから乗車した客がアイアンマンの交通規制で足止めを食らった。トライアスロンなんて知りもしないそのご婦人は、当初はとても怒り、イライラしたという。しかし、そのうちあきらめて選手たちを眺めるように。数時間後、タクシーが動けるようになっても、その場に座り、選手たちに声援を送っていたそうだ。その眼には涙を浮かべて……。
プロスポーツのエンターテインメントではなく、エイジグループのレースを見て気持ちを動かしてくれるスポーツはそんなにあるものではない。
ぜひ、機会があれば10月のKONAに足を運び、その真意を確かめていただきたい。
白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)。