カープの前田智徳が8月12日、プロ野球史上31人目の通算1000打点を達成した。
「2000本安打を達成した方(35人)より(1000打点を達成した方のほうが)少ないので驚いた。ありがとうの気持ちでいっぱいです。チャンスをくれた皆さんに感謝したい」
 無口な男が珍しく表情をほころばせて答えた。

 この国のプロ野球界では「200勝、2000本安打」が名選手の条件とされる。この条件(に加えて250セーブ)をクリアすれば「名球会」の入会資格を得ることができる。
 前田が言うように1000打点は2000本安打よりも難しい。長い期間に渡って中軸を担い続けなければならないからだ。

 日米通算2804安打(現地時間8月15日現在)を記録しているイチロー(マリナーズ)も、通算打点は現在936。リードオフマンゆえクリーンアップヒッターのように打点を稼げないのは当然だが、自らも含め、延べ1000人もの選手を本塁に還すのは容易なことではない。
 まして前田は、12年前に右アキレス腱断裂という大ケガに見舞われている。手術した右足をかばって左足の肉離れを起こすなど、以来、前田は満身創痍の状態でのプレーを余儀なくされ続けた。

 人生に“たら・れば”は禁句だが、前田がアクシデントに見舞われなければ、今頃はイチローや松井秀喜(ヤンキース)とともにメジャーリーグを代表する日本人外野手となっていただろう。
 それくらい若い頃はセンスを感じさせるバッターだった。
 アクシデントの直後、私のインタビューに前田はこう答えた。
「自分はいったいどこまで進歩するのだろう。ケガをする前は限界の見えない自分自身の成長が楽しみでした。そんな自分に魅力を感じてもいました。でも、すべてはもう過去形なんです」

 カープ前監督の山本浩二(現北京五輪日本代表守備走塁コーチ)は、誰よりも前田の才能を認めていた人物。以前、私にこう語ったことがある。
「あえて現役選手で天才を二人あげろといわれればウチの前田と巨人の高橋由伸かな。あのタイミングの取り方は教えてできるものではない。いわゆる“天才”というやつじゃろうね」

 1000打点の次の目標は、もちろん2000本安打だ。8月16日現在、大台にあと19本と迫っている。
 アクシデントさえなければ、遅くとも3年前には達成していた記録である。今年も故障に見舞われ続け、打率は2割5分9厘と低空飛行を余儀なくされている。
 チームも下位に沈み、クライマックスシリーズ出場(3位以内)の可能性はきわめて低い。責任感の強い男だけに、心中、複雑なものがあるだろう。
 記念すべき日くらいは勝利で飾れないものか。孤高のサムライと呼ばれた男の目に光るものをしかと見届けたい。

<この原稿は07年9月2日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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