「日本経済新聞」朝刊の名物コラム「私の履歴書」で読売巨人軍終身名誉監督・長嶋茂雄氏の連載が始まったのは7月1日のことだ。
 選手、監督時代を通じて劇的なエピソードには事欠かない長嶋氏だが、最大のハイライトシーンは1980年オフの「解任」事件である。

 事の真相はどうだったのか。もっと踏み込んで言えば「解任」の黒幕とウワサされた川上哲治元巨人監督は事件に関与していたのか否か。27年たった今なら、本人の口から驚くような真実が明らかにされるかもしれないと期待したのだが、案の定、サラリと触れた程度だった。

 しかし、逆に言えば、そのヨソヨソしさが深刻なしこりをうかがわせた。長嶋氏はこう述べているのだ。<「裏で川上さんが」といわれたりしたが、そういう人間関係がどうのこうのより、私はこれからという時に任を解かれたその厳然たる事実が何よりこたえたのだ>。

 この筆致は引っかかる。普通なら<「裏で川上さんが」といわれたりしたが、川上さんはそういう人ではない。>と書くところだ。ところが長嶋氏は川上氏の“暗躍”を否定していない。川上氏は黒幕説を、はっきり否定しているのに、だ。この態度の違いは何なのか。

 じつは長嶋氏が解任させられる4カ月前、「週刊文春」が巨人OBを集めた座談会を行なっている。その場にいたのが川上氏とヘッドコーチを辞任したばかりの青田昇氏(故人)である。

 青田氏の著書『ジャジャ馬一代』によると、テープを止めたあと川上氏の爆弾発言が飛び出す。「俺は彼と親しいが、広岡は監督になる意思はないと思うよ。(中略)それより藤田監督というのは、あり得る。牧野監督もあり得る」

 青田氏はこの発言を耳にして「何かある」と直感したという。
 しかし真相は今となっては藪の中だ。いや、その方がいいのかもしれない。真実は墓場まで持っていかれるのだろう。

<この原稿は07年8月11・18日合併号『週刊ダイヤモンド』に掲載された記事を再構成したものです>

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