羽生結弦、東京ドームで初となるアイスショー開催 ~ICE STORY 2023『GIFT』~

©2023 GIFT Official
プロフィギュアスケーターの羽生結弦選手が26日、スケーターとして史上初となる東京ドーム単独アイスショー「YuzuruHanyu ICE STORY 2023『GIFT』」を開催した。チケットは完売し、3万5000人が来場し、ライブビューイング視聴は国内外(日本、韓国、台湾、香港)で約3万を記録。羽生は「序奏とロンド・カプリチオーソ」などアンコール含む計12項目を披露した。
自ら製作総指揮を執った
羽生結弦のこれまでの半生とこれからを氷上で表現する物語――。
ドーム内に設置された巨大スクリーンには激しく燃えあがる炎が映し出された。その炎は徐々に鳥のかたちに変化していく。その最中、スクリーンの真ん中が割れクレーン先端に乗った羽生が火の鳥を模した衣装で登場した。ジュニア時代に羽生が披露していたプログラムの1つ「火の鳥」を堂々と演じた。
自ら総指揮を執った羽生の物語は太陽に“夢(目標)”を、月には“内在する自分”を投影させながら進んでいく。「太陽は温かい、みんなが見てくれる」が「月にはたくさんの傷がある。つらそう、痛そう」と羽生の語りが入る。すると、月は羽生にこう答えた。
「夜になるとみんなが見てくれるんだ。だから、つらくも痛くもないよ」。以降は「太陽=夢の象徴、月=内在する自分」の設定がさらに色濃くなっていくように映った。
時が経ち、少しずつ経験値が増える。経験を重ねるほど羽生は孤独や葛藤が混在する深い海の中で溺れてしまう。「たくさん戦ってきた。たくさん我慢した。たくさん嫌なことをした」と語りが入り、「これはいつの傷? かさぶたになっているけど、治ってない」。そして続けた。「大丈夫、もう叶ったよ」
羽生の夢は五輪連覇だったことは周知の事実だろう。その夢はソチ、平昌五輪で達成した。夢を叶えた彼は周囲の期待に応えるように自身3回目となる五輪に出場した。しかし北京五輪ショートプログラム(SP)、冒頭で4回転サルコーを予定していたが氷上の穴にハマりわずか1回転に。不運が招いたアクシデントに「何か悪いことしたのかな」と吐露したのはあまりにも有名な話だ。
ショーの中盤、巨大モニターには<2022.02.10北京五輪>と表示され、数字はカウントアップし<2023.02.26>『GIFT』当日の日付に。場内が明転すると、ジャージ姿の羽生が登場した。首もとからは北京五輪SPで披露した「序奏とロンド・カプリチオーソ」の衣装が見えた。
「You have six minutes. For your warm-up」と場内アナウンスが流れと、羽生は競技会と同じように“6分間練習”を始めた。ジャンプのタイミングや氷の感触を入念に確認。練習が終わると場内は静寂に包まれる。羽生がスタートポジションにつくと曲がスタート。軽やかに滑り出し、冒頭のジャンプ。今回は4回転サルコーを見事に決め、4-3トウループの連続ジャンプは着地時にグッと踏ん張った。トリプルアクセルは美しかった。最後は力強く右の拳を突き上げてフィニッシュ。安堵の表情を浮かべ、ガッツポーズ。大きな忘れ物を回収したように映った。
物語の後半、羽生は語りで分かりやすく苛立ちをあらわにした。「何も考えたくない。うるさい……」。五輪連覇後の目標は4回転アクセルの成功。しかし、切なく冷たい語り口調にハッとさせられた。「夢は覚めなきゃ。夢は終わった」
羽生はリンクに登場すると「いつか終わる夢」を演じた。昨年11月の単独ショー「プロローグ」で初めて披露されたプログラムだ。元々、羽生が「クールダウンで滑っていたものに音楽を当てはめた」プログラムだ。クールダウン由来のため、ジャンプなどの激しい動きはない。静かに、ゆったりと滑るが時折、苦しそうに滑る羽生が印象的なプログラムだ。過去に羽生は、このプログラムについてこう述べている。
「僕の夢は五輪連覇でした。そして、4回転半という夢を設定し、追求しました。僕はアマチュアの競技会では達成することができませんでした。ISU公認大会で初の4回転半成功者にはもうなれません。……そういう意味で、……いつか終わる夢」
心理学用語「ペルソナ」を用いて
夢の象徴である太陽を失い、孤独と闇におびえる。すると、観客に配られたライトが短い時間だが、淡く優しく灯った。
「ひとりになんか、させてくれやしない」「おかえり、僕の夢。みんなからの『GIFT』」と羽生の語り。
ドーム内に広がった優しい光。それはまるで羽生という月を照らす太陽に映った。今の羽生にとっての太陽はファンの皆さんなのだろう、と感じさせた。
公演後、羽生はこう語った。
「今までの人生の中で、“ひとり”を幾度も経験してきましたし、今も感じることはあります。それは僕の人生で常に付きまとうものかもしれない」
そして、続けた。
「ただ、それは僕だけじゃなくて大なり小なり皆さんの中で存在しているもの。僕の半生を描いた物語でもありながら、皆さんもこういう経験あるんじゃないのかな? と思って綴った物語たちです。少しでも皆さんの心に贈り物というか“ひとり”になった時に帰れる場所を提供できたらいいなと思い、この『GIFT』をつくりました」
さらに心理学用語を用いて『GIFT』のコンセプトを説明した。
「ペルソナという心理学の言葉があります。皆さんが社会にいる時に使っている顔や仮面をイメージしてください。僕にとって、こうやって(囲み取材中)喋っている時もきっと“自分が見せたい羽生結弦”を出していると思います。でも、話しながら“心の中でくすぶっている羽生結弦”もいるんだと思います。それはたぶん、僕だけじゃなくて皆さんも……」
羽生を“五輪メダリストの羽生結弦”として見過ぎると、彼が伝えたいことから遠のき、本質を見失う恐れさえあるのではないか。自らの出来事や内在する自分にスポットをあてることでほんの一部だが、『GIFT』に込められたものが見えてくる気がした。
(文/大木雄貴、写真提供/GIFT事務局)
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