第254回 指一本でサッカー界に踏みとどまった ~楽山孝志Vol.7~
サッカー選手の目利き、特に若い選手がどこまで階段を上る可能性があるのかを見極めることは非常に難しい。
短距離走のように、時間という絶対軸がある競技ならば優劣は明らかだ。また、野球の投手であれば速い球を投げられること、あるいは野球の名伯楽だった野村克也がしばしば指摘するように、バッターならばスイングの速度も目安になるだろう。
プロになる選手は「誰か」に出会う
サッカーの場合は足が速く、身体の大きな選手が有利ではあるが、それが全てではない。足が遅くとも、身体が小さくとも世界の一線級の選手になれる。さらに言えば、最も大切な足技が多少劣っていたとしても、精神力、視野、判断力で補うこともできる。
中学生の卒業文集で、将来、作家としてやっていくかどうか見抜くのと似ているかもしれない。プロフェッショナルな世界で生きてきた人間ほど、才能という言葉を安易に使わない。成長の過程で「変数」が多いことを知悉しているからだ。
ただ、ひとつだけ言えるのは、プロになった選手たちはそこに導く「誰か」に出会っていることだ。
楽山孝志の場合、一人目の「誰か」は清水商業監督の大滝雅良だった。大滝の指導により全国大会に出場し、それなりの結果を残すことができた。そして二人目は大滝が臨時コーチとして招聘した李国秀である。
清水商業の3年生だった楽山は練習が終わった後、いつものように同級生と連れだって学校の近くにある蕎麦屋――岩久に入った。看板には「蕎麦屋」を掲げているが、カツカレーが名物だ。食欲旺盛な清水商業サッカー部の胃袋を満たし、卒業生は高校に顔を出すときは立ち寄る店である。
楽山たちが食事をしていると、李が道家歩と一緒に姿を現した。
李は「お、食事していたのか」と声を掛けた。そして「お前、卒業したらどうするんだ」と訊ねた。楽山は少し考えてからこう答えた。
「ぼく、(サッカー)やめると思います。(Jリーグのクラブから)オファーがなかったので」
前回の連載で李の指導において楽山は「叱られ役」であったと書いた。李から「お前、なんでサッカーやっているんだ」「サッカーなんかやめちまえ」と厳しく言われたこともあった。そのため高校でサッカーを引退すると言えば、賢明な判断だという反応が返ってくると思い込んでいた。しかし、李の口から出たのは意外な言葉だった。
楽山はこう振り返る。
「お前、なんでやめんだよ、それでいいのかって。富山の果てから親元離れて出てきてるんだろ。他の奴らとは違った覚悟がいるんじゃないのかと」
李は大滝から楽山が就職し、社会人チームでサッカーを続けると聞いていたようだった。大学に進学してもっと上のレベルを目指してはどうかと諭すように言ったのだ。
「大学に行ったらまたお金掛かるし、もうこれ以上、親父たちに苦労を掛けられないってぼくは言いました」
李はそれを聞くと、「なんかないのか、お前、中京大学(出身)だろ」と横にいた道家を突っついた。
真摯に選手と向き合う李国秀
道家は中京大学を卒業後、母校サッカーへ部コーチなどを経て、1992年から名古屋グランパスのスタッフとなっていた。道家は桐蔭学園時代から李を慕っており、しばしば清水商業の練習に顔を出していたのだ。
道家はすぐに中京大学の監督だった城山喜代次に電話を入れ、清水商業の楽山を知っているかと聞いた。清水商業は何度か中京大学サッカー部と練習試合をしたことがあった。携帯電話から「知っとう、知っとう」という三河弁が聞こえた。その楽山が中京大学に行きたいと言っていますが、と道家は続けた。すると楽山のプレーに好感を持っており、興味があるという。
李は“特待”で行けないのかと、口を挟んだ。
「城山先生は大学には特待制度はないが、何らかの優遇措置はとれるかもしれないという答えでした。もしそういうチャンスがあるのならば行ってみたいとぼくが言うと、ほとんどそこで決まってしまった」
練習前のミーティングで李は選手たちに様々な話をした。
「サッカー選手である前にきちんとした人となれ」
「素敵なサッカー人と思われるように行動しなさい」
時に厳しい言葉もあったが、李が真摯に選手と向き合っていることは感じていた。自分に見込みがなければ、すぐにやめろと正直に言うだろう。その彼がサッカーを続けてはどうかというのならば、チャンスが残っているのではないかと思った。
楽山は指一本でサッカー界に引っかかったようなものだった。
(つづく)
■田崎健太(たざき・けんた)
1968年3月13日京都市生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。
著書に『cuba ユーウツな楽園』 (アミューズブックス)、『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『ジーコジャパン11のブラジル流方程式』 (講談社プラスα文庫)、『W杯ビジネス30年戦争』 (新潮社)、『楽天が巨人に勝つ日-スポーツビジネス下克上-』 (学研新書)、『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『辺境遊記』(英治出版)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社 ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『真説・長州力 1951-2018』(集英社)。『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』(光文社新書)、『真説佐山サトル』(集英社インターナショナル)、『ドラガイ』(カンゼン)、『全身芸人』(太田出版)、『ドラヨン』(カンゼン)。最新刊は「スポーツアイデンティティ どのスポーツを選ぶかで人生は決まる」(太田出版)。
2019年より鳥取大学医学部附属病院広報誌「カニジル」編集長を務める。公式サイトは、http://www.liberdade.com