今年8月にイギリス・バーミンガムで開かれる第1回IBSA世界女子ブラインドサッカー選手権に出場する日本代表を率いる山本夏幹監督は、元甲子園球児という異色の経歴の持ち主だ。日本ブラインドサッカー協会(JBFA)のボランティア、インターンを経て、2015年から筑波大学附属視覚特別支援学校の教員とJBFAの普及育成部員の“二刀流”をスタートさせた。2022年1月には、女子日本代表監督に就任。日本の女子ブラインドサッカー強化と普及の両輪を担う山本監督に、競技への想いと世界選手権の目標を訊いた。

 

伊藤数子: 元々は野球をやられていて、八千代東高校の時には甲子園にも出場されたそうですね。

山本夏幹: はい。高校卒業後も野球を続けたいと思い、順天堂大学に進学しました。ところが大学1年の冬、打撃練習でバッティングピッチャーを務めていた時にバッターの打球が防護ネットのフレームに当たり、私の左目を直撃したんです。いろいろ調べても、なかなかないケースだそうです。今も左の視力はほぼありません。それがきっかけで視覚障害の世界に入ることになったわけですから、人生は何が起こるかわかりませんね。

 

二宮清純: 左目の視力がほぼないということですが、生活で苦労する点は?

山本: 一番は遠近感、奥行きがつかみづらいことです。物を取ろうとする時に距離感が合わなかったりします。先ほど名刺交換をしましたが、取り損ねたりすることもあります。日常生活の小さいところで。いわゆる深視力と呼ばれるものが低いということです。

 

二宮: 視覚障害の中ではどういうカテゴリーになるのでしょうか?

山本: 一般の人と同じ扱いです。視覚に障害のある人で障害者手帳が交付される一番低い等級は6級なのですが、それは一眼の視力が0.02以下で、もうひとつの眼の視力が0.6以下の者が対象です。私は右目の視力が約1.0ですから対象外になります。同じような方は他にもたくさんいらっしゃると思いますし、生きづらさを感じている人もいるかもしれません。

 

二宮: その後、大学在学中に指導者に転身し、コーチと監督を務められた。そこからブラインドサッカーに関わることになったきっかけは?

山本: 大学卒業後、順天堂大学大学院に進みました。大学院でアダプテッドスポーツ論を学んだ際に、パラリンピック、パラスポーツの映像を観たんです。そこでブラインドサッカーに目が止まって、引っかかりを感じたんです。

 

二宮: その引っかかりとは?

山本: 言葉では表しにくいのですが、“この世界に行ってみたい”と直感的に思ったんです。本来、そんなに行動的なタイプではないのですが、感覚的にピンときたという感じです。

 

伊藤: 最初はボランティアとして関わっていったそうですね。

山本: はい。JBFA主催の関東リーグ(現・東日本リーグ)という国内大会のボランティアを経験し、“もっとコアに関わりたい”と思ったんです。2014年に世界選手権が日本で開催されるタイミングにインターンでJBFAに関わり、翌年に普及育成部所属となりました。

 

二宮: そうやって関わっていくうちに、どんどんハマッていったわけですね。

山本: ブラインドサッカーは普通にスポーツとして面白いので、それがこの世界に飛び込んだ一番の理由です。あとは関わる人に惹かれたのが大きいですね。一昨年夏の東京パラリンピックに出場した寺西一さんをはじめ、ブラインドサッカー選手、関係者と関わる中で、競技の魅力にどんどんハマッていったという感じです。

 

 未経験者のメリット

 

(写真:©H.Wanibe/JBFA )

二宮: 指導者としては、野球を教えた経験はあってもサッカーはなかった。アジャストするのに時間はかかりましたか?

山本: 元々、教員を目指していたので、教えることは好きでした。もちろんブラインドサッカーのこともたくさん勉強しました。インターンが終わる頃、筑波大学附属視覚特別支援学校の採用が決まり、体育の教員をしながらもブラインドサッカーに関わる道として、JBFAでは普及育成部に所属していました。

 

二宮: 教員をしながら、JBFAの普及育成に携わる。いわゆる“二刀流”だったわけですね。

山本: そうですね。最初は障害者理解のために小・中学校を回り、ブラインドサッカーを教材とした体験型授業「スポ育」に携わりました。それからユーストレセン、ナショナルトレセンでコーチをして、現場での指導経験を積み、昨年1月に女子日本代表の監督に就きました。

 

伊藤: これまでの代表監督を見ても、サッカーを経験した方が指導者に転身するケースが多い中、異色のキャリアですね。

山本: あまりいないと思います。経験者との差は認識しつつ、そのギャップをどう埋めるか。ブラインドサッカーとサッカーは共通しているようで、違うところも多い。経験者でないからこそのメリットもある。そこはポジティブに捉えています。

 

伊藤: 現役時代はスイマーとしての実績を持つ、あるパラ水泳コーチから「指導の際、“なんでできないんだ!”という気持ちが抑えようとしても出てきてしまう。オレは指導者に向いていない」という話を聞いたことがあります。

山本: 私自身、ブラインドサッカーを大人になってから経験しました。サッカー経験がないことをデメリットとして捉えるのではなく、こちらがどう料理するかが重要と考えています。もちろん専門的な方に教えてもらうことも大事。ですから女子日本代表のコーチングスタッフに日本サッカー協会の指導者B級ライセンスを持つ彌冨圭一郎さんにヘッドコーチ兼ガイドとして入ってもらいました。そのほかにもサッカー歴、ブラインドサッカー歴がいずれも10年以上の齊藤悠希コーチもいます。私にないものは、コーチに補ってもらおうと考えています。

 

二宮: マネジメント型の監督は近年の主流になりつつありますね。サッカー日本代表の森保一監督も「自分は決める係」だとおっしゃっていました。全体の総合的なマネジメントが重要になってくる、と。昔の監督像とは随分、変わってきていますね。

山本: おっしゃる通りです。マネジメント、環境づくり、選手のモチベーションづくり。それが私のタスクだと考えています。役割分担をしながらチーム強化、普及・育成に取り組んでいきたいと思っています。

 

(後編につづく)

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山本夏幹(やまもと・なつき)プロフィール>

ブラインドサッカー女子日本代表監督。1991年6月21日、千葉県出身。小学2年から野球を始める。八千代東高校3年時、第91回全国高等学校野球選手権大会に出場した。順天堂大学進学後、練習中の負傷で左目の視力を失った。同大コーチ、監督を経て、順天堂大学大学院に進学した。日本ブラインドサッカー協会(JBFA)のボランティア、インターンを経て2015年から普及育成部に所属。筑波大学附属視覚特別支援学校の教員を勤めながら、ブラインドサッカーのクラブチームを創設した。ユーストレセン、ナショナルトレセンのコーチを経て、2022年に女子日本代表監督に就任した。強化・普及の両面で尽力している。プロ野球は広島カープのファン。

 

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