伊藤数子: 認定NPO法人フローレンスは昨年8月に重度障害児・者のeスポーツ全国大会【フローレンス杯】アイ♡スポ(以下、フローレンス杯)を開催しました。開催のきっかけは?

駒崎弘樹: 私たちはこれまで医療的ケア児(人工呼吸器や胃ろう、たんの吸引等の医療的ケアが日常的に必要な児童)を専門に長時間お預かりする保育園「障害児保育園ヘレン」(以下、ヘレン)など、医療的ケア児の家庭向けのサービスを提供してきました。その現場で気付いたことがありました。それは子どもの持つ無限の可能性です。

 

二宮清純: 無限の可能性とは?

駒崎: 入園時には「この子は口からモノを食べられません」と言われていたお子さんが、口から食事をとる他の子を見て、自分も挑戦するようになった。最初はうまく噛めなかったり、飲みこめなかったりしていましたが、それを繰り返していくうちに口から食べられるようになったんです。経管栄養(チューブやカテーテルを通して、胃や腸に直接栄養剤を注入すること)を必要としていたお子さんたちが、一般の保育園に通えるようになったケースもありました。またフローレンスのサービス利用者のお子さんが視線入力装置を使い、目で絵を描いた。その絵が東京都知事賞を受賞したんです。このように体が自由に動かせないお子さんたちも表出されないクリエイティビティを秘めており、テクノロジーによってそれを開花させることができると感じました。

 

二宮: なぜeスポーツ大会に?

駒崎: 医療的ケア児が参加しやすいものは何かと考えた時に、思い浮かんだのがゲーム、eスポーツでした。eスポーツは、障害の有無に関係なく、同じ土俵で、ガチンコで戦える魅力がある。そのようなことを考えているときに、視線入力装置EyeMotを開発している島根大学総合理工学部の伊藤史人助教授からeスポーツ大会開催のお声がけをいただきました。大会ではお子さんたちが視線をパソコンのマウスのように使う視線入力の技術を用い、ぬり絵や徒競走などで対戦しました。

 

二宮: eスポーツであれば、オンラインで対戦することも可能ですね。

駒崎: はい。実際、フローレンス杯開催当日は会場にいるお子さんだけじゃなく、地方にいるお子さんもオンラインでつないで参加してもらうハイブリッド形式で対戦しました。空間を越えて戦えるのも、eスポーツの良さのひとつですね。

 

伊藤: 開催後の反響はどうでしたか?

駒崎: ある親御さんからは「息子に対して、“どうせわからないから”“きっとできないから”と希望を持つことを諦めていました。でも、嬉しいと笑い、不快だと泣く息子を見て、いつか息子の“声”を聴く方法も見つかるかもしれないと、私自身また一つ希望が生まれた大会でした」という声をいただきました。本当に開催して良かったと思います。2023年度も開催するつもりです。

 

※大会に参加した選手のインタビュー

 

“カーブカット効果”に期待

 

伊藤: 障害のある子どもたちはチャレンジをする機会が少ないと言われています。“勝ってうれしい”“負けて悔しい。次こそは”という感情を知らずに育つ子どもたちもいる。フローレンス杯のように、チャレンジをする機会の創出は素晴らしい試みですね。

駒崎: フローレンス杯ではガチンコでできますからね。また大会に参加したお子さんたちが、eスポーツプレイヤーになることがあるかもしれない。先ほどの絵画の例で言えば、デジタルアーティストを生み出すことだって可能になります。テクノロジーを活用することで、就労にもつながる。そうなれば、将来的な自立も見えてきます。

 

二宮: テクノロジーとの融合が社会を変えていく、と?

駒崎: そうですね。私たちは医療的ケア児がワクワクできる未来をつくっていきたい。しかし、その未来とは、医療的ケア児だけのものではないんですよね。私たちだって高齢者になれば、体のどこかが不自由になる。視線で文章を書いたり、誰かとコミュニケーションが取れれば、その先も尊厳を持って生きられる。つまり医療的ケア児がワクワクできる未来は、私たちにとってもワクワクできる未来なんです。私はフローレンス杯を通じて、“カーブカット効果”が生まれることを期待しています。

 

二宮: “カーブカット効果”とは?

駒崎: 1970年代、アメリカで障害のある人たちの権利を主張する運動家が、段差のある道を夜中にコンクリートで埋めてスロープにしてしまったという出来事がありました。当然法律違反なんですが、車椅子の人たちは通りやすくなった。それどころかベビーカーを押す人、運送業者で台車を使って荷物を運ぶ人にとっても通りやすい道になった。その活動が全米に広がり、やがて州政府をも動かし、道路を整備する際、はじめから段差をつくらなければいいというルールに変わっていった。これが“カーブカット効果”です。一番厳しい状況の人に合わせて環境設定をすると、その他大勢にも恩恵が広がっていく。マイノリティに合わせた社会デザインは、マジョリティにとっても恩恵があるということです。それが共生社会の本当の姿と言えるのではないでしょうか。

 

伊藤: 今後に向けての展望を教えてください。

駒崎: まずはフローレンス杯を拡大していきたいと考えています。次回はゲーム会社にも関わっていいただき、規模を広げていきたい。全国の医療的ケア児が参加でき、目指すような大会になれば、“新しい甲子園”になると思うんです。全国に約2万人いるという医療的ケア児たちの目標となる大会にしたい。それが国内で確立していけば、いずれは各国の障害者団体と連携し、新しいパラリンピックをつくれると思うんです。ドメスティックな問題を解決することが、実はグローバルな問題を解決することにも繋がっていく。その新しいパラリンピックを通じて、社会課題解決手法を世界中に輸出したい。日本は世界一強い国でもなければ、世界一豊かな国でもない。でも世界一楽しい国だとアピールしていきたい。どんな状況下に置かれても楽しいことができる、その希望を失わないような社会をつくりたいですね。

 

(おわり)

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駒崎弘樹(こまざき・ひろき)プロフィール>

認定NPO法人フローレンス会長。1979年、東京都出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、「地域の力によって病児保育問題を解決し、子育てと仕事を両立できる社会をつくりたい」と考え、2004年にNPO法人フローレンスを設立。日本初の「共済型・訪問型」の病児保育サービスを首都圏で開始、共働きやひとり親の子育て家庭をサポートする。2014年、医療的ケアのある子どもたちを中心とした障害児を専門的に預かる「障害児保育園ヘレン」を開園。翌年4月から、医療的ケアのある障害児の家においてマンツーマンで保育を行う「障害児訪問保育アニー」をスタート。2022年には、重度障害児・者のeスポーツ大会【フローレンス杯】アイ♡スポを開催した。著書に『「社会を変える」を仕事にする:社会起業家という生き方』(英治出版)、『社会を変えたい人のためのソーシャルビジネス入門』(PHP新書)、『社会をちょっと変えてみた』(岩波書店)などがある。2022年1月、『政策企業家 「普通のあなた」が社会のルールを変える方法』(ちくま新書)を上梓。

 

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