オールスターブレイクが近づいても、ヤンキースの不振は続いている。
 7月4日の時点で39勝42敗、首位レッドソックスまで12ゲーム差。投手が良いときは打つ方が貢献できず、打線が点を取ったときは投手がそれを守りきれない。攻守がまったく噛み合わず、ここ10年以上も経験がないような悲惨な状況に陥ってしまっている。
 10年連続の地区優勝はおろか、ワイルドカードでのプレーオフ進出にすら絶望感が漂い始めている今日この頃だ。
(写真:松井のプレーにも最近はまったくスピード感が感じられない。  (C)ダミオン・リード)
 この崩壊の原因は、やはりそもそものチーム作りの拙さにあったのだろう。
 2001年のワールドシリーズに敗れて以降、それまで鋼のようなケミストリーが売りだったヤンキースは、愚かにもスター中心の戦略に転換した。
ジェイソン・ジアンビ、ゲーリー・シェフィールド、ランディ・ジョンソン、アレックス・ロドリゲス、ジョニー・デーモン・・・・・・とビッグネームばかりを毎年懲りもせずに集めていった。獲得したスターの大半は峠を越えた選手ばかり。結果として、エゴに満ちていて、柔軟性のないロースターが徐々に出来上がっていってしまった。
 そして何より致命的だったのは、このチームが基本的にアスレチック能力を無視して作り上げられてしまった点だ。
 今のヤンキースには、年間30本塁打以上が可能なスラッガーがずらりと揃っている。だがその一方で、ロドリゲスを除けばスピード感を感じさせる選手はほぼ皆無。足を使えないし、小技も駆使できない。打撃は水物で、打てないときは別のやり方で得点を挙げなければならないのが野球だが、ヤンキースにはそれができる選手が1人もいないのだ。結果的に、打線が攻略できない好投手と対戦した場合には、ただ成す術なく凡打を重ねることになる。
 それこそがここしばらくプレーオフで勝てなかった理由である。そして主力に衰えが目立ち、不振の選手も多い今季は、シーズン中から悪い流れをせき止められなくなってしまった。アンバランスなチーム作りのツケが、ついに出てしまったと見るべきだろう。

(写真:イチローのように様々な形で流れを変えられる選手は貴重な存在だ。 (C)ダミオン・リード)
 今季トレード期限前か、あるいは今季終了後からなのかは不明だが、これからヤンキースは再び再建への道を歩むことになる。そのときには、ぜひともスピーディで運動能力に溢れた選手を積極的にロースターに加えて欲しいものだ。  
 例え打てなくても別の形で試合の流れを変えられる選手。不振時にも足でヒットを稼ぐことが出来て、見え見えの状況でも盗塁を決められるスピードスター。守っても広い守備範囲で投手を助け、強肩で儀飛すらも阻めるアスリート。
 分かり易い例がシアトルにいる。そう、イチローである。
 昨年7月19日のヤンキース対マリナーズ戦―――。
 2−2で迎えた8回、ぼてぼての内野安打で出塁したイチローはすぐに盗塁を敢行。これがエラーを誘って一気に3塁に進み、次打者の犠牲フライでらくらくと生還した。この1点が決勝点となってマリナーズはヤンキースを降した。
 この試合は、当時の、そして今のヤンキースに足りないものを分かり易い形で示したように思えた。イチローがたった1人で示してくれたのだ。
 だがその数日後、ヤンキースがトレードで獲得したのは、出塁率は高くとも鈍重なボビー・アブレイユだった。
 このアブレイユはシーズン終盤こそ好打で活躍したものの、プレーオフでは音沙汰なし。そして集中力が途切れた今年、攻守に精彩を欠いてチーム内最大の戦犯に挙げられてしまっている。この一連の過程は、ここ数年のヤンキースの戦いぶりを象徴してはいないだろうか。

(写真:大金をかけて獲得された井川慶も期待に応えられていない)
 なにも今季のトレード期限でイチローを獲れと言っているわけではない。
 もちろんそれができるに越したことはないが、競争相手は多いだろうし、ヤンキース側にめぼしい交換要員がいない。そもそも今季はプレーオフ争いに顔を出しているマリナーズ側がイチローを出さないだろう。
 しかし、イチローのようにすべてを持っている選手ではなくとも、アスレチック能力に優れた選手を獲得すること、あるいは育てることは可能だ。
 苦しい流れの中で、今季のヤンキースは日々重苦しい戦いを強いられている。
 しかし逆に言えば、屈辱的な不振に悩む今こそが、方向性を変える格好のチャンスと言えるのかもしれない。
 野球とは打って投げるだけのスポーツではない。多彩なイチローは、西海岸で、決してタレント豊富とは言えないチームを様々な形で引っ張っている。その背中に、ヤンキースが見習うべき方向もうっすらと透けて見えてくる。


杉浦 大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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