僕の古巣、鹿島アントラーズが9節のアルビレックス新潟戦で勝利(2対0)し、連敗を3で止めました。(リーグ戦、ルヴァンカップ)。この新潟戦で復活のきっかけをつかんでほしいと切に願います。今回は、なぜアントラーズがリーグ戦13位(3勝1分け5敗)とこれほど苦しんでいるのかを語りましょう。

 

 浮上のきっかけを掴んでほしい

 

 最近といいますか、ここ近年のアントラーズが不調の原因は、①攻撃から守備の切り替えが遅かったから、②人数はいるのにバイタルエリアをケアできていなかったから、だと考えます。では、なぜこういった現象が起きていたのでしょうか。

 

 切り替えが遅いのは、陣形をコンパクトに保てていないからだと思います。これまで、アントラーズはボールを持つと2センターバックが開き気味になり、そこにボランチが降りて、相手の2枚のプレスに対して3枚(2センターバック&1ボランチ)でビルドアップを試みていました。後ろが3枚になり、両サイドバックはタッチラインいっぱいかつ、高い位置を取っていました。この利点はサイドで数的有利を作れるのですが、アントラーズの場合、あまりうまくいかせていなかったように感じます。中央のボランチがサイドに顔を出し、寄り過ぎると真ん中がぽっかりと空きます。この戦術を採用するなら、攻撃をやり切らないとかなり危ない。ボールを奪われると一気にセンターバックの前を自由に使われる。後手後手の対応でボールホルダーにプレスに行くから、球際でフルに当たれない。苦し紛れに足を出すから印象の悪いファウルも見受けられる。こういう悪循環でした。

 

 ビルドアップにしても、ボランチ2枚が中央をあけると、何とかチームを助けようと鈴木優磨が中盤に降りていく。また、彼が左サイドハーフの位置に下がって起点をつくろうと努めてくれていた。それは決して悪いことではないんですが……。悲しいかな、点を取るセンスがある選手が相手ゴール前から遠ざかる、という現象が起きていました。

 

 ②に関して上段でも少し触れましたが、ボランチがDFラインに吸収され過ぎているように感じます。帰陣している人数は足りているのに、効果的にマークにつけていない場面が見られます。センターバックからするとDFラインに入ってフラットの6枚になるよりも、1列前にいて相手の2列目を捕まえたり、パスコースを統制するといった守備をしてほしい。

 

 ウチはウチ、ヨソはヨソ?

 

 ②は今後ももっと強く意識してプレーする必要がありますが、①については修正されつつありますね。攻撃時、ボランチがDFラインにあまり降りることがなくなった。左サイドハーフがトップ下気味になり、その空いたスペースを左サイドバックの安西幸輝が縦に駆け上がります。センターバックがひとつずつ左にスライド、右サイドバックが中に絞って3枚を形成しています。基本的に安西のスピードと突破力を生かすために左肩上がりの布陣を取ることが多いですが、逆サイドも同じ要領です。

 

 結局何が言いたいかというと、アントラーズの場合、オーソドックスかつクラシカルなシステムの方がマッチしているように思います。左サイドハーフがトップ下に入る分、鈴木優磨がそれほど中盤に落ちずにゴール前にポジションを取れて、仮にボールを奪われてもセンターラインに人がいる分、すぐにプレスに行ける守備面でのメリットがあります。

 

 現代サッカーに対応するため、変化を加えたい、何かを変えたいという考えも理解はできます。しかし、ここまでフィットしないとなると、正直言って「それって意味あるの?」と思います。堅守をベースにしたクラシカルなクラブがJリーグにあっても良いんじゃないかな。アントラーズはアントラーズの戦い方にもう一度戻すべきです。アントラーズの4枚は伝統的な「つるべの動き」が合っているように思います。

 

●大野俊三(おおの・しゅんぞう)

<PROFILE> 元プロサッカー選手。1965年3月29日生まれ、千葉県船橋市出身。1983年に市立習志野高校を卒業後、住友金属工業に入社。1992年鹿島アントラーズ設立とともにプロ契約を結び、屈強のディフェンダーとして初期のアントラーズ黄金時代を支えた。京都パープルサンガに移籍したのち96年末に現役引退。その後の2年間を同クラブの指導スタッフ、普及スタッフとして過ごす。現在、鹿島ハイツスポーツプラザの総支配人としてソフト、ハード両面でのスポーツ拠点作りに励む傍ら、サッカー教室やTV解説等で多忙な日々を過ごしている。93年Jリーグベストイレブン、元日本代表。

*ZAGUEIRO(ザゲイロ)…ポルトガル語でディフェンダーの意。このコラムでは現役時代、センターバックとして最終ラインに強固な壁を作った大野氏が独自の視点でサッカー界の森羅万象について語ります。


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