選手発掘へ スポーツ界全体でも求む“現役ドラフト”
かなり熱心なプロ野球ファンであっても、昨年のいまごろ、現役ドラフトなるものに強い関心を抱き、また、それが選手と球団の命運を大きく変えるものになる、などと読んでいた方はほとんどいなかったに違いない。
現役ドラフトとは、言ってみれば人材の再利用である。所属しているチームではどうやら出番は増えそうにない。そんな選手を、よそで同じような境遇にある選手と交換する。名前が挙がっていたのは1軍2軍の当落線上にいる選手が多く、そんな選手を入れ替えたところで、大勢に影響などあるはずがない。そう考えるのが普通である。
ところが、だった。
この新システムがなければ、阪神の現在はまったく違うものになっていた。ソフトバンクから来た大竹が6勝0敗。これがなかったとしたら、6日時点で2位のDeNAと勝ち星で並ばれる。阪神だけではない。かなりのチームが、現役ドラフトの恩恵を受けている。きっと、年末の第2回ドラフトは、かなりの注目を集めることになるだろう。
芽が出ないのは、必ずしも選手個人の才能や努力だけに問題があるわけではない、という認識が、これまでよりは一般化する。
この流れを、スポーツ界全体に広げられないだろうか。
昭和に比べれば相当に減ったようだが、それでも、野球の競技人口は、いわゆるマイナースポーツに比べれば圧倒的と言っていい。そして、強豪校では、一度も公式戦に出場することなく高校生活を終える選手もいる。
サッカーも、また然り。若年層にもリーグ戦が導入される地域が増えたことで、以前に比べれば試合への出場機会は増えたとはいえ、トップチームで出場できる選手の数には限りがある。
もちろん、そんな境遇の中から「いつかは這い上がってやる」と闘志を燃やす者もいるだろう。だが、向上心や成功を求める気持ちは持ちながら、サッカー選手としての自分に可能性を感じにくくなってくる層もいる。わたし自身は、完全な後者だった。
もしあの頃、そんな自分にも適したスポーツがある、サッカーでは使い物にならない自分でも、輝ける場所があると教えられていたらどうだったか。
先日、女子ホッケーの東京五輪代表、及川栞に話を聞く機会があった。
「陸上の短距離やってた選手とかがホッケーに来たら、すごい武器になると思うんですけどね。あと、バスケやバレーをやってた長身の選手とか」
ホークスで活躍できなかった選手がタイガースで花開いたように、レギュラーになれなかった選手、全国大会に出られなかった選手、プロになれなかった選手にも、ひょっとすると他の世界で脚光を浴びる可能性がある。これまでの日本は、一つの競技で結果が出ないと、そのまま消えていくしかない社会だったが、それをこれから変えてはいけまいか。
ボブスレーなどは、以前から選手発掘テストをやっているが、主体となっているのはボブスレーの側。これを、いわゆるメジャースポーツの側から、自分たちの世界で不遇を託つ選手たちに働きかける形をとっていけば、様相は一変する。競技によっては、大学生になってから始めても十分五輪を目指せるものもある。
ちなみに、ボブスレーの選手発掘を後押ししているのはtotoに代表されるスポーツくじ。少なくとも、サッカーとの関係は深い。
<この原稿は23年6月10日付「スポーツニッポン」に掲載されています>