二宮清純: 2019年に国が策定した競技団体の運営指針「ガバナンスコード」の改定案を協議するスポーツ庁の諮問機関、スポーツ審議会「スポーツ・インテグリティ部会」の会合が8月末に開かれました。改定案の柱は?

境田正樹: 私は、部会の座長代理として会合に参加しましたが、競技団体スポーツ関係者の中で、一番関心があったのは役員の任期制限10年の規定についてでしたね。

 

二宮: この「ガバナンスコード」を策定した際、一部に権力が集中して不正が蔓延しないために“原則10年”としたわけですよね。

境田: はい。その原則は動きません。ただNF(国内競技団体)の役員がIF(国際競技団体)の役員を兼務している場合は、特例として2期を認めているケースもあります。そこは引き続きルールとして残しました。

 

二宮: 長く要職を務めることで世界に顔が利くようになる半面、新しい人が育ってこないジレンマもある。

境田: 「ガバナンスコード」の原則は、「comply or explain」(遵守または説明)。NF の法人形態や業務内容、組織運営の在り方は、団体によって異なります。自らに適用することが合理的でないと考える規定については、その旨を説明すれば遵守しなくてもよいという建付けになっています。ところが、NFが「ガバナンスコード」に適合しているかどうかを審査する役割を担うJOC(日本オリンピック委員会)や日本スポーツ協会など統括団体が、とても硬直的な運用をしたことが分かりました。すなわち、NFがいくらコードを遵守しない理由を説明しても、コードを遵守しなければダメ、という運用をしていたのです。具体的には、役員の任期について、10年を超えて延長することを一切認めないというような硬直的な運用をしていたのです。

 

伊藤清隆: それはなぜでしょう?

境田: 統括団体は、自ら審査をする前に、専門家による「予備調査チーム」に予備調査を委託していました。この予備調査チームが、explainの例外を認めず、硬直的にコードのcomplyをNFに求めていたのです。統括団体は「専門家が言うんだったら」と、その予備審査に従うままの運用でした。改めるのはルールではなく運用方法です。その認識を先の会合では共有しました。

 

二宮: 運用する側があまりにも頑なだったと?

境田: そうですね。1人の力のある人間が何十年も理事長を務め、スポーツ団体を私物化することは良くないので、そのようなケースは認めない。ただ、特別な事情があり、NFが説明責任を果たせば、任期の延長も認めるというのが「ガバナンスコード」の考え方。今回、明るみに出たのは、審査する統括団体側がコードの趣旨に反した運用をしていたということ。なので、コードを変えるべきか否かを議論する前に、まずは審査の運用上の課題を明らかにして、まずはそれを是正すべきことを確認したのです。

伊藤: 企業の人間として言わせてもらえば、我々はガバナンスに関しては相当力を入れています。ガバナンスを高めていけばいくほど、組織は強くなると実感しています。

 

 改正すべき条例

 

二宮: スポーツ団体の「ガバナンスコード」も、元はと言えば、企業のガバナンスコードを参考にしていますよね。

境田: その通りです。スポーツ団体の人たちも最初は混乱したと思います。しかし上場企業の現役員や元役員がスポーツ団体の役員に加わることによって、情報開示やデュー・プロセス(適正手続き)を踏むことの必要性を理解した。私は日本ラグビーフットボール協会や日本バスケットボール協会、B.LEAGUEの理事ですが、外部の目が入ることにより、すごく組織が活性化したと思っています。

 

伊藤: 各スポーツ団体が変わりつつあると?

境田: はい。先日のスポーツ庁のガバナンスコード改定を議論する会議においてもNFの役員の方々からは、NFの「ガバナンスコード」に対する理解が深まってきたとの意見が出ていました。

 

二宮: そもそもスポーツ団体の「ガバナンスコード」が策定されたきっかけは、スポーツ団体の組織運営上の問題や指導者による暴力、パワーハラスメントなどの不祥事でした。リーフラスは日本のスポーツ界、教育の現場における様々な社会課題解決に取り組んでいます。中でもスポーツから体罰を取り除くことは、簡単ではなかったのでは?

伊藤: ご指摘のようにリーフラスは「体罰、暴言は絶対ダメ」との考えからスポーツスクール事業をスタートさせました。というのも私自身が体罰や暴言を受けている現場を目撃している。さらに言うと、私自身、中学校の部活で野球が嫌いになった経験があります。楽しいスポーツ環境をつくることが創業の目的です。

 

二宮: スポーツ基本法では、<国立学校及び公立学校の設置者は、その設置する学校の教育に支障のない限り、当該学校のスポーツ施設を一般のスポーツのための利用に供するよう努めなければならない>と明記されています。自治体の中には条例を盾に民間企業の使用を禁じているところもあります。

境田: 法律で決められたことを条例で覆してはいけません。スポーツ庁が部活動の地域移行、地域スポーツの振興を促進していく方向性を示したわけですから、それに自治体も応じる必要があります。条例で過度な制約を課しているのであれば改正していく必要があると思います。1600の自治体は、それぞれ条例制定権を持っている。そのひとつひとつを是正していくのは非効率的。それよりも国が「スポーツ振興のため、条例を改めよう」との指針を打ち出した方が早いと思います。

 

二宮: 1961年制定の旧法、スポーツ振興法の第3条2項には<スポーツの振興に関する施策は営利のためのスポーツの振興をするものではない>と書かれています。新法のスポーツ基本法には営利という言葉は削除されているにも関わらず、いまだに旧法がまかり通っているのはおかしな話ですね。

境田: スポーツ基本法を策定した際、条例にまでは目が向けられなかった。しかし、問題点が明らかになった以上、今後は可及的速やかに改めていかなくてはなりません。

 

 公立校への寄付金制度

 

伊藤: それまで使えていた施設でも首長や担当者が代わると、一転して「使わせません」というケースに直面したことがあります。

二宮: いわゆる“あるある”ですね。私もある小さな市でスポーツ振興を手伝ったことがあります。しかし市長が代わったら、ほとんど継続されませんでした。続けるものと残すもの、その議論は透明化されるべきです。

伊藤: 施設利用に関して言えば、一番迷惑を被るのは市民、そして子どもたち。その人たちからスポーツをする機会を奪うなんて、あってはなりません。

 

二宮: 先ほど部活動の地域移行の話が出ましたが、教員の長時間労働の温床となっていた部活動にようやくメスが入りました。少子化、地方の過疎化、教員の働き方改革など、以前から問題になっていたのに遅過ぎたくらいです。

境田: 今までは学校の先生がボランティアで部活動の責任を負わされ、昼も夜も週末も働かざるを得ない状況になっていました。本当はプロの指導者が賃金をきちんともらって指導する、その方がいい。国がスポーツの意義を考えるならば、きちんと負担すべきです。国に予算を充てる余裕がないという現状は残念です。一方で、今はデジタルを使った新しいサービスでスポーツをマネタイズする方法もある。国の予算が足りないなら知恵を絞っていくしかない。例えば高校野球で自分の母校に寄付したいというOBはたくさんいるはず。しかし国公立の高校に寄付をする仕組みはないんです。

 

二宮: 私立はいいのでしょうか?

境田: 私立は学校法人に寄付できるんですが、例えばA市立B高校に寄付しようと思ったらA市への寄付になる。しかしA市には学校に寄付する仕組みがありません。そこで現在、スポーツ庁の方にも関わってもらい、東京都渋谷区や埼玉県さいたま市で実証実験をしています。スマートフォンひとつで、寄付を贈りたい学校を選択でき、そのまま学校に寄付されるシステムを開発中です。できればこれを1600の自治体に広げていきたい。

 

二宮: いずれは小学校、中学校、大学にも展開していきたいと。

境田: そうですね。部活動だけでなく、学校支援もできる。デジタル化が進めば、業務の効率化も図れる。一石二鳥どころか三鳥、四鳥でしょう。

 

伊藤: 私もデジタル化が部活動の地域移行のカギを握ると思います。現実問題、資金の潤沢な自治体はすぐに部活動の地域移行に対応できるけど、予算を捻出できない自治体は国からの支援を待つしかありません。しかし、先ほどの寄付金制度が確立されれば、状況は劇的に変わりますね。とても期待しています。

境田: 寄付金制度について日本は遅れていると言われていますが、私はデジタル化を推進することで、十分に巻き返せると考えています。

 

境田正樹(さかいだ・まさき)プロフィール>

1963年、大阪府出身。弁護士。スポーツ審議会委員。日本バスケットボール協会理事、日本ラグビーフットボール協会理事。これまでスポーツ基本法の制定をはじめ、スポーツ団体のガバナンス強化、改善に関わってきた。男子プロバスケットボール「B.LEAGUE」の創設にも尽力し、現在はジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグの理事を務める。2016年5月には東京大学スポーツ先端科学拠点開設を主導し、最先端のスポーツ科学の成果をスポーツビジネスに展開するための活動に取り組んでいる。スポーツ審議会委員、大学スポーツ協会(UNIVAS)設立準備委員会ワーキンググループ主査も務めるなど、スポーツ法政策に幅広く関わっている。

 

伊藤清隆(いとう・きよたか)プロフィール>

1963年、愛知県出身。琉球大学教育学部卒。2001年、スポーツ&ソーシャルビジネスにより、社会課題の永続的解決を目指すリーフラス株式会社を設立し、代表取締役に就任(現職)。創業時より、スポーツ指導にありがちな体罰や暴言、非科学的指導など、所謂「スポーツ根性主義」を否定。非認知能力の向上をはかる「認めて、褒めて、励まし、勇気づける」指導と部活動改革の重要性を提唱。子ども向けスポーツスクール会員数と部活動支援事業受託数(累計)は、国内No.1(※1)の実績を誇る(2022年12月現在)。社外活動として、スポーツ産業推進協議会代表者、経済産業省 地域×スポーツクラブ産業研究会委員、日本民間教育協議会正会員、教育立国推進協議会発起人、一般社団法人日本経済団体連合会 教育・大学改革推進委員ほか。

 

二宮清純(にのみや・せいじゅん)プロフィール>

1960年、愛媛県出身。明治大学大学院博士前期課程修了。同後期課程単位取得。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。経済産業省「地域×スポーツクラブ産業研究会」委員。認定NPO法人健康都市活動支援機構理事。『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)『勝者の思考法』(PHP新書)『プロ野球“衝撃の昭和史”』(文春新書)『変われない組織は亡びる』(河野太郎議員との共著・祥伝社新書)『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治氏との共著・廣済堂出版)など著書多数。新刊『森保一の決める技法』(幻冬舎新書)が発売中。

 

※1
*スポーツスクール 会員数 国内No.1
・スポーツ施設を保有しない子ども向けスポーツスクール企業売上高上位3社の会員数で比較
・会員数の定義として、会員が同種目・異種目に関わらず、複数のスクールに通う場合はスクール数と同数とする。
*部活動支援受託校数(累計) 国内No.1
・部活動支援を行っている企業売上高上位2社において、の部活動支援を開始してからこれまでの累計受託校数で比較
・年度が変わって契約を更新した場合は、同校でも年度ごとに1校とする。
株式会社 東京商工リサーチ調べ(2022年12月時点)


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