第258回「純粋にサッカーを楽しめる」~楽山孝志Vol.11~

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 2003年シーズン、イビチャ・オシム監督が率いるジェフユナイテッド市原(現ジェフユナイテッド市原・千葉)の公式戦は、3月15日に市原臨海競技場で行われたヤマザキナビスコ杯(現YBCルヴァン杯)、セレッソ大阪戦だった。試合は1対2で敗れた。この試合、楽山孝志はベンチ入りしていない。

 

 監督の能力を測る上で、ひとつの物差しになるのは、貴重な持ち駒をいかに効果的に起用していくか、だ。ジェフのような予算が限られたクラブでは経験のない若手選手も貴重な戦力である。いかにプロとして送り出すか。

 

 オシムのもとでプロデビュー

 

 3月22日にJリーグが始まった。第1節、4月5日の第2節でも、楽山の名前はベンチ入りのリストに入らなかった。背番号29番を付けた楽山が初めてベンチに座ったのは、4月9日のヤマザキナビスコ杯だった。オシムはベンチ入りの枠を無駄遣いすることはない。後半33分に、長谷部茂利に代わって楽山をピッチに送りだした。試合は0対0の引き分けで終わっている。

 

 オシムはリーグ戦とカップ戦でメンバーを少しずつ変えている。リーグ戦に主力選手、カップ戦では長谷部、望月重良といった新加入やベテランの選手、そして楽山、林丈統、巻誠一郎という若手を積極的に起用している。この中で誰が自分のサッカーに適応するのか、力量を見極めていたのかもしれない。

 

 ジェフには同年代の選手が多く、すぐに溶け込んだ。

「坂本(將貴)さんによく食事に連れていってもらったりしていましたね。年が近いところでは羽生(直剛)君、中島浩司君、巻、工藤(浩平)、林(丈統)とは、毎週のように食事に行っていました」

 

 日本体育大学出身の坂本は、献身的な守備の印象があり、「隊長」という渾名で呼ばれていた。オシムのサッカーの核となる選手の一人だ。

 

 ひとつ年上の村井慎二も印象的な選手だった。

 

 村井は、オシムの先任者、ズデンコ・ベルデニック時代からレギュラーに定着していた。サイドを主戦場とする楽山とポジションが重なる。楽山は村井のドリブルには舌を巻いた記憶があるという。

 

「するするっと抜け出して、一気に加速する。選手から、ライアン・ギグスって言われていたんですけれど、本当に(ラアイン・)ギグスみたいでしたよ」

 

 ライアン・ギグスは、ウェールズ出身のミッドフィルダーで、長らくイングランドの名門マンチェスター・ユナイテッドの主力を張った名選手である。

 

 楽山は左サイドを任されることが多かった。

 

「攻撃のときはウイングで、守備になったら(サイドバック的に)ディフェンス。ぼくは右利きなので、(斜めにゴールに向かって入る)カットインするのが好きでした。攻めるときは、(ゴールに向かって)縦に入れるふりをして、(斜めに)中へ向かっていく。逆に中に行く振りをして左に行ったり」

 

 オシムはどのようなプレーをしなさいという具体的な指示は出さなかった。

 

 オシムが目指すサッカーへ

 

「押しつけは全くなかったです。オシムさんは数学の教師の資格も持っているじゃないですか。公式は教えるけれど、どのように計算するのかは自分で考えなさいという感じでした。答えを読解するには様々な計算方法があるぞ、と考える余白を与えてくれた気がします」

 

 オシムの練習は新鮮だった。日々、内容が変わるのだ。

 

「ぼくたちは小学校から10年以上サッカーやってきている。モチベーションを保とうとしても、同じトレーニング内容では飽きが出て来る。ところがオシムさんは選手が飽きないよう、サッカーを純粋に楽しめるように練習を組み立てる」

 

 しばらくして、はっとしたのは、練習からはオシムの意図を読み取ることができることだ。

 

「練習でルールが設定されるんです。そのルールを守るためには局面でのグループ、もしくは全体がパスを受ける前の準備と立ち位置、さらに動き出しのタイミングを周りと合わないと目的が達成できないようになっている。結果として、それがオシムさんが目指すサッカーとなっている」

 

 サッカーは団体競技ではあるが、選手一人ひとりは、クラブと契約する「個人事業主」である。いかに自分の価値を高く評価してもらうかを貪欲に考えている。監督とはそうした強烈な個を束ねなければならない。オシムはそんな彼らを納得させて、まとめる術があった。すぐに選手たちはオシムの指し示す方向にまとまっていった。

 

 リーグ戦の第1節、第2節と連勝、第3節は神戸に敗れ、続く第4節はガンバ大阪と引き分け。その後は3連勝と勝ち星を積み重ねた。

 

 足でボールを扱うサッカーには偶然がぴったりと貼り付いており、勝ち負けが運に左右されることがある。ただし、運は良い方向、悪い方向のどちらにも作用する。長いリーグ戦で均してみれば、結局は地力のあるチームが必ず優勝するとは言い切れないものの、上位に入っているものだ。

 

 ジェフはファーストステージ、8勝4敗3分で3位に入った。

 

 輝かしいオシムの時代が始まったのだ。

 

(つづく)

 

田崎健太(たざき・けんた)

1968年3月13日京都市生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。

著書に『cuba ユーウツな楽園』 (アミューズブックス)、『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『ジーコジャパン11のブラジル流方程式』 (講談社プラスα文庫)、『W杯ビジネス30年戦争』 (新潮社)、『楽天が巨人に勝つ日-スポーツビジネス下克上-』 (学研新書)、『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『辺境遊記』(英治出版)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社 ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『真説・長州力 1951-2018』(集英社)。『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』(光文社新書)、『真説佐山サトル』(集英社インターナショナル)、『ドラガイ』(カンゼン)、『全身芸人』(太田出版)、『ドラヨン』(カンゼン)。最新刊は「スポーツアイデンティティ どのスポーツを選ぶかで人生は決まる」(太田出版)。

2019年より鳥取大学医学部附属病院広報誌「カニジル」編集長を務める。公式サイトは、http://www.liberdade.com

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