櫻井つぐみ(育英大学レスリング部/高知県香南市出身)最終回「世界チャンピオンまでの道程」
2020年4月、育英大学に入学して以降、櫻井つぐみの戦績を見てみると、栄光に彩られている。1年時は全日本選手権(55kg級)で優勝。2年時はジュニアクイーンズカップ(ジュニア55kg級)、明治杯全日本選抜選手権(55kg級)、世界選手権(55kg級)などを制した。また階級をオリンピック階級(57kg)に上げてからも、全日本選手権(21年)、アジア選手権(22年)、明治杯(22~23年)、世界選手権(22年)のタイトルを獲っている。
高校時代は、飛び抜けた成績を残せなかった櫻井だが、育英大で柳川美麿監督の指導の下、日本チャンピオン、世界チャンピオンに輝いた。柳川は、当時をこう振り返った。
「5年スパンで考えていましたが、1年目には結果を出せるようになった。元々持っている性格は努力できるタイプ。高校時代はそれが少しズレてしまっていただけなので、軌道修正するのにそれほど時間は要さなかったと思います」
初めて出場したノルウェー・オスロでの21年世界選手権で、いきなり頂点に立った。翌年の世界選手権は、今年と同じセルビア・ベオグラードが舞台。決勝では57kg級の連覇を目指すヘレン・マルーリス(アメリカ)と対戦した。マルーリスと言えば、リオデジャネイロオリンピックの53kg級で吉田沙保里の4連覇を止めたことでも覚えている人も多いだろう。マルーリスはその余勢を駆ってアメリカ女子レスリング初のオリンピック金メダルを手にし、東京オリンピックでは川井(現・金城)梨紗子に敗れたものの銅メダルを獲得した。
「相手はオリンピックチャンピオンで、ずっとトップで戦ってきていた選手。自分は“勝ちたい”という気持ちが強かった」
1年前のオスロでは、一緒に写真を撮ってもらった憧れの存在。だが、同じ階級となった今は倒すべきライバルの1人に過ぎないのだ。
櫻井は組み手争いで優位に立ち、相手に圧力をかけ続けた。第1ピリオドで1点をリードすると、第2ピリオド残り1分30秒。強引に投げを打ってきたマルーリスの攻撃を凌ぎ、うまくバックをとって2点を加えた。この3点のリードを最後まで守り抜いた。
「自分はチャレンジャーの気持ちで挑みましたが、周りは自分のことを研究してきていると感じました。3回戦ではウクライナの選手に2-2(内容差による勝ち)と結構ギリギリでした。でもなんとか勝ち切って優勝できたっていうのはすごく自信になりました」
世界選手権2階級制覇を果たし、当然、注目度も高まっていく。
「結果を出していくにつれ、知らない人まで自分のことを応援してくれるというに感じます。自分がお世話になってきた方々が応援してくれていることは、知っていたのですが……。知らない人まで応援してくれているっていうのが分かった。“次はパリ”と言われるし、自分でも世界選手権で勝ったので“次はオリンピックで勝ちたい”という気持ちが強くなりました」
パリへの道は、その年の12月、全日本選手権が一歩目となる。パリオリンピックの切符獲りがかかる23年の世界選手権(9月、ベオグラード)の代表選考を兼ねた大会だ。
取り組みを見つめ直した敗戦
既に世界選手権を2度制した櫻井だったが、全日本選手権は南條早映(東新住建)に準決勝で敗れてしまった。前年の全日本選手権は勝っていたが、惜しくも4-5で敗れた。育英大入学後唯一の公式戦黒星だった。これで櫻井が世界選手権代表になるには明治杯と代表決定プレーオフに連勝しなくてはならなくなった。
全日本選手権終了後、育英大の監督・柳川は櫻井に手紙を渡したという。A4約3ページにも及ぶ手紙の中身は<俺の責任です>と敗因を伝えた。その謝罪の意と共に、今後に向けて取り組みについても述べてあった。
「手紙には自分の悪かった部分や、これからのことを書いた文章をいただきました。その紙に書かれていることを“しっかりやろう”と思いましたし、先生がすごく自分のレスリングについて考えてくれていた。“絶対、次は負けるわけにはいかない”と思い、取り組みを考え直しました」
そこでスタートした取り組みのひとつが、マンツーマンで指導ができるようにと上野裕次郎をコーチに付けたことだ。
「上野コーチがついてからは、反復練習をたくさんしました。片足タックルの蹴り足、当たる位置など基本的なところから見直し、毎日何十本もタックルに入りました。あとはグラウンドの技を覚えるため、アンクルを教えてもらいました」
ひた向きな努力の甲斐あって、6月の明治杯は南條にリベンジを果たした。決勝では2点を先制したものの、南條に片足タックルを食らい、2-2と追いつかれた。このまま終了するとラストポイントにより南條の勝利が決まる。それでも粘りを身上とする櫻井が土壇場の強さを発揮する。片足タックルからラスト1秒でバックを取り、2点勝ち越した。最後は相手陣営がチャレンジし、失敗に終わったため最終スコアは5-2で櫻井の勝利。上野も「細かい極めの部分。グラウンドの技術が良くなってきた。タックルも入れるようになってきたと思います」と櫻井の成長を認める。
7月のプレーオフも息詰まる攻防から、最後の最後でがぶり返しを繰り出し、逆転勝ち(2-2の内容差で勝ち)を収めた。これで世界選手権代表に内定。この世界選手権で5位以内に入れば女子57kg級の日本代表が出場枠を獲得。表彰台に上がればパリオリンピックの日本代表に内定する。櫻井は逆転勝利の連続で、パリへの道を繋いだのだった。
9月の世界選手権では、普段から対戦の多い選手と代表権を争う国内での戦いから、世界仕様に変えていく必要もあるだろう。国内と国外の違いについては、櫻井はこう語る。
「パワーは強いですが、テクニックがあるのは日本だと感じます。もちろん戦い方は国によって違うんですが、外国の選手は思いっきり一発狙ってくる傾向がありますね。この日本人の層が厚い階級で、世界選手権を経験できるのは自分だけ。そこは“日本で勝ったんだ”という自信を持ちながら、楽しんで臨めたらいいと思います」
その戦い方は派手ではないかもしれない。6分間をコツコツ、粘り強く――。ベオグラードでパリへの切符を掴み獲りに行く。
<櫻井つぐみ(さくらい・つぐみ)プロフィール>
(文・写真/杉浦泰介)
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