(写真:ⓒ稲治毅)

 9月8日(現地時間)からラグビーワールドカップ(W杯)フランス大会が始まる。開幕を目前に控え、今泉清さんと当HP編集長・二宮清純が日本代表の活躍を占う。

 

二宮: W杯本番に向けて、日本代表はこれまでオールブラックス・フィフティーン(ニュージーランド代表予備軍)、サモア、トンガ、フィジーと強化試合を行いました。サモア戦でリーチ・マイケル選手、フィジー戦ではピーター・ラブスカフニ選手がハイタックル(肩から上へのタックル)で退場処分になりましたね。

今泉: 私たちの時代なら、「相手の姿勢も低いし、仕方ないよね」で済んだのでしょうが、今は一発退場です。でも、私はいい経験をしたと思っています。

 

二宮: ほう。それは本番でも起こり得るという意味ですか。

今泉 おっしゃるとおりです。「ハインリッヒの法則」(※「1件の重大事故の裏には、29件の軽微な事故と300件のけがに至らない事故がある」という事故発生に関する経験法則の1つ)ではありませんが、試合で起こる悪い出来事には、予兆となるものが必ずあると私は思っています。今回の件でいえば、本番で1人、もしかしたら2人退場になることだってあるかもしれない。だからこそ、このアクシデントを予兆と捉えて、14人あるいは13人で戦うゲームプランを準備しておくことが重要です。本番で「想定外の出来事」にしてはいけません。

 

二宮: W杯の日本代表は、2015年イングランド大会で南アフリカから「ブライトンの奇跡」と呼ばれる金星を挙げ、自国開催となった19年はアジア初となるベスト8進出を果たしています。こうした躍進を受けて今回も期待が高まっているわけですが、何か気になる点は?

今泉: 選手層の薄さですね。もちろんベテランの堀江翔太選手も素晴らしいし、リーチ選手も必要ですが、彼らを脅かす選手が出てこなかったところが問題です。かつて協会(日本ラグビーフットボール協会)が、エディー・ジョーンズHCに「日本のラグビーの底上げもお願いします」という話をした時、彼が「私の仕事は代表を強くすることで、日本人選手を育成するのは協会の仕事だ」と答えたのは有名な話です。残念ながら10年ほどたった今も、状況はあまり変わっていないと感じます。

 

二宮: かつて今泉さんはエディーHCの指導を受けていますよね。

今泉: はい。日本代表でも、サントリーでも一緒でした。彼がよく言っていたのは、「試合のように練習し、練習のように試合をしろ」ということです。

 

二宮: なるほど。何のための練習なのかということを意識させたわけですね。現在のジェイミー・ジョセフHCとの接点は?

今泉: 高校時代、彼がニュージーランド代表として、私が日本代表として試合をしました。彼はニュージーランドの南島(マールボロ地方)出身なので、堅実なプレーが印象的でした。

 

二宮: ニュージーランドは、地域ごとにプレーに特色があるのですか。

今泉: ええ。特にオークランド地方などの北島はファンタジスタが好まれ、南島のカンタベリー地方やオタゴ地方などは、コーチが求めるプレーをする堅実な選手が好まれます。

 

二宮: ここからはW杯1次リーグの日本戦についてお聞きします。D組の日本はチリ、イングランド、サモア、アルゼンチンと対戦します。まずは初戦のチリですが、世界ランキングは22位(8月21日時点=以下同)で、14位の日本から見れば難しい相手ではないと思われます。

今泉: いや私はフォワードが強力と言われており、油断ならない相手だと思っています。特にレフェリーのスクラムの解釈によっては相手に有利になる場合があるので、セットプレーは要警戒です。

 

二宮: レフェリー次第で有利にも不利にもなると?

今泉 はい。オールブラックス・フィフティーンとの試合後に、稲垣啓太選手が「日本に対する印象が良くなかった」と語ったことがありました。どういうことかというと、日本のスクラムは、戦略として3番(前列右端)の具智元選手に力を寄せていきます。そうすると本来真っすぐでなければならないスクラムが曲がり、相手チームの3番が中に押し込まれるような状態になって地面に崩れるようにして落ちます。この時、本当は相手チームが落ちているのに、相手の3番と向き合っている稲垣選手が先に崩れたとレフリーが判断したのです。

 

二宮: 日本のスクラムが弱くて、回って落としたというふうに見られたわけですね。

今泉: ええ。スクラムを組むタイミングや掛け声はレフェリーによって異なるので、選手たちはそれに柔軟に合わせていかなければなりません。今回のチリ戦でもスクラムが多くなることが予想されるので、そういう視点は重要だと思われます。

 

二宮: 不利な判定をされないためにも、レフェリーの特徴をつかんでおくことが重要ですね。

今泉: これは15年W杯の話ですが、当時のエディーHCは南アフリカ戦で誰がレフェリーを務めるかを日本の分析班に調査させていました。その結果、本番の3~4カ月前にフランスのレフェリーが笛を吹くことが分かり、エディーHCは人脈を伝ってそのレフェリーに接触し、代表合宿に招待しました。そこで実際のレフェリングを体験したことで、選手たちには正しいイメージが作られ、南アフリカ戦で力を発揮することができたのです。

 

二宮: さすが知将です。W杯初戦といえば、前回のロシア戦を思い出します。正直、ラクな相手だと思われていたのに、ガチガチになって最初はボールが手に付かない状態でした。こうしたことが今回のチリ戦でも起こりかねないと?

今泉: 十分あり得ます。その点、エディーはキックオフ後の最初のプレーをある程度決めていました。それを成功させることによって選手たちに自信を持たせ、チームに勢いをつけたのです。

 

二宮: あらかじめルーティンを作っておいたわけですね。ジェイミーHCの場合は?

今泉: 彼は選手個々の判断を尊重し、それを周囲がフォローしていくというスタイルです。なので、あまり細かい決め事は作っていないでしょう。もちろん、それで前回はベスト8に進出したわけですから、どちらが正しいという話ではありませんが……。

 

(詳しいインタビューは9月1日発売の『第三文明』2023年10月号をぜひご覧ください)

 

今泉清(いまいずみ・きよし)プロフィール>

1967年9月13日、東京都世田谷区出身。6歳でラグビーを始め、大分舞鶴高校(大分県)から早稲田大学へ進学。中心選手として関東大学対抗戦優勝2回、大学選手権優勝2回、日本選手権優勝1回に貢献。1990年12月の対明治大学戦における奇跡的な同点トライなど、予測できないビッグプレーで人気選手となった。卒業後はニュージーランド留学を経てサントリーに入社。全国社会人大会(96年・98年)、日本選手権(96年)優勝。日本代表では、95年南アフリカワールドカップ出場。キャップ(出場試合数)8。2001年の現役引退後は早稲田大学のコーチに就任し、大学日本一3回、大学選手権準優勝2回に貢献。05年、早稲田大学大学院公共経営研究科に進学し、公共経営修士を取得。現在は、ラグビー解説者・評論家として活躍している。


◎バックナンバーはこちらから