明らかに変化したなでしこへの期待値
明らかに変化したなでしこへの期待値
記憶を引っ張り出してみる。12年前、自分の中ではどの段階でなでしこに対する熱に火がついたのか。
大会前は、さっぱりだった。女子W杯という大会自体への関心が高くなかったし、そこで勝てる日本という絵が思い描けなかった。世界どころか、中国や北朝鮮の後ろを追うのが精いっぱいというのが、今世紀初頭のなでしこだった。
見送る人もほとんどいない中乗り込んだドイツでの初戦はニュージーランドに2-1。続く2戦はメキシコに4-0と完勝し、ベスト8進出を決める。ただ、第3戦のイングランドに完敗したことで、少しずつ上がりかけていた熱は一気に下がった。というのも、一次リーグ2位での突破となったことで、準々決勝の相手は開催国のドイツになってしまったからである。
ところが、大方の予想を覆し、なでしこは延長の末にドイツを下す。丸山桂里奈、渾身の一撃。ブックメーカーのオッズでは、ドイツの勝ちに2倍もついていなかったはずだから、相当な番狂わせだった。
ただ、この勝利でなでしこ熱に火がついたかと聞かれたら、う~ん、違う気がする。W杯ベスト4進出。日本サッカー界初の快挙。凄い。凄いのだけれど……まさか国民栄誉賞まで行くとは1ミリも考えなかった。
準決勝でスウェーデンに勝ったことで、ようやくサッカー界を超える注目を集めるようになったなでしこだったが、改めて振り返ってみると、最終的に自分の中の炎が燃え上がったのは、あまりにも劇的だった決勝戦のあとだったのでは、と思えてくる。
過去に一度も勝ったことがなかった天敵の猛攻をしのぎまくるも先制を許す。ところが、81分に相手のミスをついた宮間あやのゴールで同点に追いつくと、再びリードを許した延長後半の終了3分前、澤穂希の伝説的なヒールボレーが突き刺さる。
そして突入したPK戦。先行の米国は4人のうち3人が失敗し、日本は熊谷紗希がペナルティースポットに向かう。忘れられないのは、フジテレビ青島アナの実況である。
「これ、決めれば、日本、優勝です」
そうなのだ。決めれば日本は勝つ。確率からいって8割以上。なのに、それが現実になるのがどこか信じきれない。そんな心象風景に、一言ごとを区切った青島アナの実況がドンピシャはまった。
そして、数十秒後に訪れた爆発的な歓喜。3.11を経験し、しかし直接的な被害を被ったわけではなかったわたしにとって、一瞬ではあったものの、久しぶりに喜びで頭が真っ白になった瞬間だった。
なんて思い出しているうちに、ふと思った。
まだベスト8なのか。
12年前、女子W杯の本大会は16カ国で行われていた。1次リーグを突破したら、次はもう準々決勝だった。そして、準決勝を突破してもなお、12年前のわたしはまだなでしこに熱狂していなかった。
今回の方が、確実に熱い。
世界大会3大会続けて芳しい結果を残せず、W杯優勝で得たものすべてを失ってしまったかのように思えたなでしこだったが、どうやら、それは違ったらしい。
改めて12年前と比べてみれば、なでしこを見る目や期待値は少し、しかし明らかに違ってきている。それは「変化(change)」なのか、それとも「進化(evolution)」か。その場限りのものか、未来へと続くものか。決めるのは、ここからの彼女たちの戦いぶりである。
<この原稿は23年8月10日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>