日本とスペインの関係性が女子サッカー牽引
なでしこが去った女子W杯で、スペインが決勝進出を決めた。正直なところ、めちゃくちゃ驚いている。
スペイン人の立場になって考えてみる。彼女たちは優勝候補の一角として大会に臨んでいた。手応えも、プライドもあっただろう。
0―4の衝撃は、どれほどのものだったか。
どんなスコアであっても、敗戦というのは選手たちに衝撃を与えるものだが、国際舞台での4点差負けは重い。そこからの復活はほぼ不可能だとわたしは思った。
実際、スペインの男子は、2連覇を目指したW杯ブラジル大会において、初戦のオランダ戦に1―5というスコアで惨敗すると、続くチリ戦も0―2で完敗し、期待を全面的に裏切る形で大会を去っている。
惨敗は、選手の誇りを叩きつぶす。自分たちがやってきたことに対する疑心暗鬼を掻き立てる。W杯を制した経験のある国でもそうなる。1次リーグで敗北を喫しながらW杯を制するのは珍しいことではないが、惨敗となるとそうはいかない。
男子も含めたW杯の歴史を遡ってみても、1次リーグで惨敗を喫しながら頂点まで駆け上がった例は、たった1回しかない。54年のW杯スイス大会。西ドイツがハンガリーに3―8と大惨敗を喫しながら、決勝で3―2という大番狂わせを起こした、いわゆる“ベルンの奇跡”である。
滅多に起こらないからこその奇跡。まして、しぶとさというか、諦めの悪さでは天下一品のドイツ人ならばいざ知らず、スペイン人に同様の芸当ができるとは思えなかった。
だが、23年のスペイン女性たちは、ドイツ人でさえ再現できていない奇跡を起こそうとしている。決勝の相手はイングランド。スペインが初のW杯女王となる可能性は十分にある。
ただ、仮に彼女たちが頂点に立ったとしても、いや、立ったとしたら尚更、日本戦の敗北は消えない疼(うず)きとして残るのではないか。西ドイツは、惨敗の屈辱を決勝で晴らすことができたが、スペイン人の復讐はかなわぬ夢として消えてしまった。
舞台は、だからパリに移る。
わたしがスペイン人だとしたら、23年の女子W杯を制した国の人間だとしたら、パリ五輪では優勝以外にもう一つ、目指すものが生まれる。日本を叩きつぶすこと。自分たちのサッカーには限界があるのではないか。そんな不安まで掻き立てられた悪夢を払拭すること。そして、スペインと日本の再戦は、当事者だけでなく、多くのサッカーファンの関心を引き付けることだろう。
これまでの女子W杯は、基本的に当事者のための大会だった。つまり、自分たちが勝つか負けるかだけが興味の対象であり、対戦しない相手は見向きもされない場合が多かった。なでしこ以外の試合がまったく放送されない日本も、そうした国の一つである。
ただ、「奇跡」や「神」が出現することによって、自国以外の国への関心が高まっていった男子同様、これからは女子のW杯も、参加国以外にもファンが増えていくことになるだろう。
男子の場合、拡大の牽引役となったのは「奇跡」のドイツと「神」のブラジルだった。ドラマか、美か。決勝戦の結果如何ではあるものの、しばらくは日本とスペイン、この両国が女子サッカーを引っ張っていきそうな気がする。
<この原稿は23年8月17日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>