MLB通算本塁打記録更新に目前まで迫ったバリー・ボンズが、5月の最終週にニューヨークを訪れた。
 ある程度予想されていたことではあったのだが、このメッツ3連戦でのニューヨーカーのボンズに対する反応は極めてネガティブなものだった。「まるでコンサートみたいだね」とボンズ本人も30日に語った通り、打席に立っても、守備についても、轟音のようなブーイングがその周囲を絶えず飛び交ったのだ。
(写真:ボンズ本人はフィールド上ではいまでも屈託のない笑顔をよくみせる。 (C)ダミオン・リード)
(写真:ニューヨークのファンは盛大なブーイングを浴びせた。 (C)ダミオン・リード)
 このままでは、記録更新がなされても全米を挙げての祝福などあろうはずがない。実際に、現記録保持者のハンク・アーロンは記録更新がかかった試合の観戦を拒否していると伝えられている。また、バド・セリグコミッショナーですらもその態度をはっきりとさせていない。
 それではやはり私たちも、彼らに習い、この「灰色の新レコード」をただ黙殺すべきなのか?
 もっともその一方で、記録更新が目前になったいまでも、「ボンズ擁護論」がまったくないわけではない。
「検査で陽性反応を示したことは一度もない」
「どの時代にもスピットボールやアンフェタミンら違反物の使用はあった」
「ボンズが使用したとされる当時はステロイドは禁止薬物ですらなかった」
 これらが擁護論者の主な根拠である。
 そしてこの中で、「当時は禁止薬物ではなかった」という点に考えさせられる人は多いはずだ。
 例え検査にひっかかっていなくても、ボンズのステロイド使用自体はもはや既成の事実とされている。だが、例えそうだとしても、彼が打ちまくっていた当時の規定ではそれはルール違反ではなかったのである。これをどう捉えるべきか?
 それに加え、過去20年内に活躍した選手でクスリ浸けだったのがボンズだけのはずはない。汚名を逃れたまま引退した選手は山のようにいるのだろう。過去のステロイド使用者の完全な調査はほぼ不可能ないま、いくら前人未到の記録を破ってしまいそうだからといって、ボンズだけを標的にして罵倒するのは正しいことなのだろうか? ここでボンズを黙殺することは、間接的にはMLBのここ数十年の大部分を否定することと同じなのではないか。
 それ以外にも、筆者が頭を悩ます問いは数多くある。余りにも蔓延していたであろう当時のステロイド使用は、そもそも本当に「悪」だったのか? 選手の間に罪の意識がなかったとしても「悪」なのか?薬物の浸透を知っていながら、「必要悪」として見過ごしていたメディアに意見を述べる資格はあるのか?また、ボンズのようにステロイドの恩恵がなくても名選手だっただろう選手を、どう評価すれば良いのか?・・・・・・etc。

(写真:ボンズの記録は私たちに複雑な感情を呼び起こす。 (C)ダミオン・リード)
 騒然とする世論の中で、この不世出のスラッガーはそれでも打ち続ける。
 今季もすでに12本塁打を放ち、ハンク・アーロンの残した通算755本塁打まであと9本。もう秒読みである。「MLBで最も栄誉ある」といわれた記録はまもなく破られようとしている。
 そのとき、アメリカはこの快挙をどのように報道し、MLBはどのような形でボンズを祝福するのだろうか。そして我々はどう反応すべきなのか。
 結局、最終的にはこのスポーツに関わるすべての人、その個人個人が何を基準にし、何を信じるかに答えを委ねるしかない。意見はおそらく人それぞれ。薬物使用疑惑者にはすべてブーイングという人もいれば、証拠がない限り罰せずという人もいるだろう。また、今後の動向を待ちたいという人もいるだろう。完全に正しい答えなど、現時点ではきっとあり得ないのだ。
 5月下旬、シェイスタジアムに集まったファンは、ボンズに盛大なブーイングを送った。それについて、個人的にここで言えることは何もない。筆者の中でもまだ明確な対応基準は作れていないからだ。
 もしも、現時点での考えを朧げながら述べるとするなら・・・・・・ステロイド漬けの記録を賞賛することは、やはり絶対にできそうにない。だが一方で、薬物の噂を聞きながらずっと興味を持とうともしなかった自分に、諸手を上げてボンズをブーイングする資格があるとも到底思えないのだ。


杉浦 大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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