岩渕真奈の引退に思うこと

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 2011年のサッカー女子ワールドカップ優勝メンバーである岩渕真奈が自身のSNSで「プロサッカー選手からの引退」を表明した。6月にイングランド女子スーパーリーグのアーセナルを退団し、オーストラリア、ニュージーランド共催となった今夏のワールドカップではメンバーから外れたものの、まだ30歳。突然の引退に驚かされたサッカーファンも多かったに違いない。

 

 岩渕は10代でその名を世界にとどろかせた。

 

 そのドリブルは鋭く、美しく――。華麗に突破していく姿はディエゴ・マラドーナになぞらえて「マナドーナ」とも称された。2008年のU-17女子ワールドカップにおいて日本代表は準々決勝で敗退しながらも、2ゴールを挙げるなど強いインパクトを与えた彼女は大会MVPを受賞している。2010年のU-20女子ワールドカップでも2ゴールをマークし、18歳で2011年の女子ワールドカップに出場を果たしたことは記憶に新しい。

 

 アタッカーとして順調に成長していく。2012年のロンドンオリンピック、2015年のカナダワールドカップでも2位に。優勝こそ逃がしたが、一過性ではないなでしこの強さを示す一員となった。そのエッセンスを継承する役目を担う存在でもあった。

 

 10代だった彼女にインタビューしたことがある。MVPに輝いたU-17女子ワールドカップの話を聞いた際、開催地ニュージーランドでの生活を楽しそうに語ってくれたことを思い出す。

 

「初めて世界という舞台を経験することができましたし、強いアメリカにも勝つことができました。ニュージーランドには羊がいっぱいいましたね。郊外の練習場にバスで移動すると、右にも左にも羊を見つけることができました。牛や馬もいて、のどかな風景が気持ちをリラックスさせてくれました。ホテルはハミルトンという街の中心部にあって、自由時間も少なくなかった。代表のスウェットを着てリュックを背負ってチームメイトと一緒に移動しているので、何回も戦っているチームの人から〝マナ〟と声を掛けられますし、こうやって外国の人たちとサッカーを通じて触れ合うことが、実は一番の楽しみなのかもしれません」

 

 日本代表で活躍するとともに、海外に飛び出してドイツのホッフェンハイム、バイエルン・ミュンヘン、イングランドのアストンビラ、アーセナル、トッテナムでもプレー。身長155cmの小柄な体を逆にストロングポイントとして、技術とキレ味で世界にぶつかっていった。

 

 責任感の強い選手だった。

 

 2016年のリオ五輪アジア最終予選、最終戦の北朝鮮代表戦でも決勝点を奪うなどチームを引っ張った。だが初戦の敗退が響き、追い上げむなしく本大会には手が届かなかった。まさかのアジア予選敗退だった。

 

 のちに岩渕はこう語っていた。

「自分が無力だなって思いましたね。最後の最後も点を取ったとはいえ、チームを助けることができなかったので。残念な大会としか言えないんですけど、次は自分が中心になってやらなきゃいけないという気持ちが悔しさとともに芽生えた最終予選でもありました」

 

 その決意どおり、高倉麻子監督が就任した新生なでしこジャパンではエース背番号10を背負い、チームの中心になっていこうとする。2019年には代表戦8試合で7ゴールを記録するなど勝負強さを発揮した。

 

 2021年の東京五輪では初戦のカナダ代表戦で日本女子史上初となる国際Aマッチ5戦連発のゴールで同点に追いつき、2大会連続で銅メダルを獲得している相手から貴重な勝ち点1を得た。しかしチームは準々決勝でスウェーデン代表に敗れ、ベスト8に終わった。強いなでしこを取り戻せなかったことに悔しさが残ったに違いない。それでもチームとしてベストを尽くしたことに彼女は前を向こうとした。

 

 10代からずっとプレッシャーと戦い続けた。世界と戦い続けた。使命を背負い、走り続けた。うれしかった思い出も、辛かった思い出もいろいろとある。30歳での引退は早いかもしれないが、中身の濃い、とても充実した現役生活であったことは言うまでもない。

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