明治時代、日本の美術品が欧米に流出した、と習った記憶がある。欧米は凄い。日本はダメ。自分たちが生み出したものに自信が持てず、二束三文で売り渡したのと同じ発想は、Jリーグにも巣くっているとわたしは感じてきた。

 

 ただ、それも悪いことばかりではなかったのかもしれない。

 

 当時の日本人にそこまでの深謀遠慮があったかはわからない。ただ、日本文化の大量流出は、結果として、日本文化のファンを数多く生み出すことにもつながった。著名な日本文化愛好家が出現することで、結果的に日本人の誇りも満たされた。

 

 現代のサッカーに当てはめてみよう。

 

 なぜこんなにも多くの日本人選手が欧州でプレーするようになったのか。極論すれば、「安いから」だった。欧州や南米であればローティーンの頃から代理人が群がっていそうな逸材が、高校や大学といったアマチュアの世界でさえ転がっている。海外の目利きたちにとって、近年の日本はまさしく黄金の国だった。

 

 時代は、新たな局面を迎えつつあるのかもしれない。

 

 ドイツを史上初の監督更迭に追い込んだ。限りなく敵地に近い中立地でトルコを粉砕した。2つの勝利がもたらす影響は、おそらく、日本人が想像する以上に大きい。つまり、これまでは「安いから」買われていた日本人が、高くても欲しがられる時代がやってくる。

 

 日本に翻弄されたドイツ代表シュロッターベックの推定年俸は約6億円。毎熊は2200万円である。現時点でも彼には10倍以上の価値はあると考える目利きが出てきてもおかしくない。

 

 折も折、前日の本紙にJリーグが「ABC契約撤廃を本格検討」という記事が載っていた。ざっくり言えば、新人選手の上限年俸を480万円としている現行のルールを廃止しようとするもので、実現すれば、新人選手だけでなく、Jリーガー全体の平均年俸を押し上げることにもなろう。

 

 きちんとした契約を結んでおけば、選手が海外に移籍する際にクラブに入る移籍金も、大幅にアップすることが考えられる。ただ、もし早い段階で安価な輸出に歯止めをかけていたら、高くてもいいから日本人選手を獲ろうとする動きは、はるかに鈍いものになっていた可能性がある。

 

 なんだか、すべてが上手く回り始めたようで。

 

 明治期の日本には、アジアの他の国々から羨望の眼差しも注がれていた。日本に渡って維新を学び、自分たちの国も変貌させるのだと考えた人も少なくない。

 

 ドイツ戦、トルコ戦を受けて、反日を国是としているとしか思えない国からも、日本サッカーを称賛する声があがっている。アジアの誇り。黄色人種にもできることを証明した。そんな投稿にも出くわす。

 

 Jリーグ発足から30年。日本のサッカーは、明治期の日本が歩んだのとなかなかに似通った道に足を踏み入れつつある。

 

 ただ、自信をつけたかつての日本には、自国の能力を過信する人たちも現れた。大東亜共栄圏をうたった一方で、日本に憧れた人たちの中では、その傲慢さに失望する声も大きくなっていった。

 

 実際、現代の日本人の中からも、もはやアジアなど眼中なし、といった意見が散見される。自信を持つのはいい。しかし、過信と驕りがどのような結果を生むかは、歴史と、何よりもドイツ代表が教えてくれる。危機感を取り戻した彼らがフランスを倒したと聞くと、なおさらそう思う。

 

<この原稿は23年9月14日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>


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