「若いチームが成長し、自分がどういう役割を果たさないといけないのかを、選手が分かるようになった。こういうところまで持ってこられたのは、監督のお力です」

 

 

<この原稿は2023年9月15日-10月2日合併号『週刊大衆』に掲載されたものです>

 

 阪神・杉山健博オーナーの、岡田彰布監督への評価だ。

 

 岡田の指導者としてのキャリアは1996年、オリックスの2軍助監督兼打撃コーチとしてスタートした。

 

 監督は95年、『がんばろうKOBE』を合言葉に、阪急買収後のオリックスを、初のリーグ優勝に導いた仰木彬だ。

 

 仰木は岡田に指導者としての資質を見出していたようだ。

 

 仰木と言えば、代名詞は“猫の目打線”だ。相手ピッチャーに応じて打順をコロコロ入れ替えるのが常だった。これが的中すると、メディアは“仰木マジック”ともてはやした。

 

 しかし、岡田の野球は、これとは真逆である。打順もポジションも一度固定すると、なかなか動かそうとはしない。

 

 打順やポジションをコロコロ替えないかわりに、結果が出ない場合は責任をとってもらう。いわば“大人の野球”だ。

 

 自著『そら、そうよ』(宝島社)に、こんな記述がある。

 

<仰木彬監督は毎日打順を替える「猫の目打線」のようなことをやっていたが、あれは私にはわからなかった。対戦相手とのデータや、選手自身のバイオリズムなども加味して考えていたのかもしれないが、私には理解できなかった。毎試合、新鮮味を与えるのはいいことかもしれないが、ベンチが動きすぎると使われる選手も落ち着かない。同じ打者でも、4番と8番の役割はまったく違う。4番を打った次の日に8番に回されたら、打者も調子が狂うと私は思う>

 

 21年ぶりのリーグ優勝を果たした85年、岡田は“不動の5番”として無類の勝負強さを発揮した。

 

 動かざること山の如し――。そんな野球こそが岡田の理想なのだろう。

 


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