自分の思いつくまま公共施設などでトレーニングをしながら、アマチュアの格闘技の試合に出ていた中井が、現在、指導を受ける宇佐美文雄コーチと出会ったのは、昨年の夏だった。
 宇佐美は、かつてアマチュアレスリング選手として活躍、その後はプロ総合格闘家として「WILD宇佐美」のリングネームで、プロ修斗のリングなどで戦ってきた。


 そんな宇佐美の名前は中井も耳にして知っていた。ある時、その本人に練習を見てもらう機会が訪れる。
「初めて教えてもらったときから、格闘技に対して厳しさを持っているというか、妥協しないというか…『怖い人だな』と思いましたね(笑)。最初から甘くなかった」
 そう中井は振り返る。格闘技に対し、妥協を許さない宇佐美の姿勢や考え方に影響を受けた中井は思った。「この人についていけば、きっと強くなれる。この人に教えてもらいたい」――。
 一方、中井の練習している姿を見た宇佐美も「この子は強くなる」と感じたという。
「練習でスパーリングしている姿を見て、すぐに格闘技の才能を感じました。一番は精神面ですね。相手に対して遠慮せずに向かっていける気の強さ。あとは肉体的な資質も素晴らしかった。骨格がしっかりしていて、筋肉の質が柔らかい。格闘技に向いているな、と。この子だったら教えたい、と思いましたね」
 中井にとって、宇佐美との出会いは必然的なものだったのかもしれない。
 宇佐美が地元・今治に常設の総合格闘技ジムを新設する数カ月前だった。プロとしてやっていくことの厳しさを知る宇佐美は、中井にこう言った。
「本気でやるという決心をしてから来い」
 だが、中井の心は決まっていた。宇佐美にこう返した。
「どんなに辛いことがあっても、やり通します!」
 自宅がある松山市内から今治の道場まで、車で片道約1時間の道程を通う日々が始まった。
 当時の心情を、中井は次のように振り返る。
「『私は格闘技でやっていく』と決意したんです。柔道は貫けなかったけど、どんなに辛くてもこれはゼッタイに貫く! と。その時の覚悟と、自分を信じる気持ちは相当強かったですね」
 大学を辞めて愛媛に帰ってちょうど1年が経とうとしていた。20歳の誕生日が近づいた、19歳での決意だった。

  “再出発”のプロデビュー戦

 その年の10月1日、大阪・梅田ステラホールで開催された総合格闘技イベント「パンクラス2006 BLOW TOUR」、第2試合「パンクラスアテナ(女子部門)」で、中井はプロデビュー戦を迎えた。
 相手は総合格闘技のキャリア5年以上のベテラン選手、伊藤あすか(パンクラス稲垣組)。試合は、早々に勝負がついた。打撃戦の中、中井の右フックで相手の鼻から出血。ドクターチェックが入り、1R1分25秒、相手の鼻骨損傷でドクターストップが告げられた。経験の浅い中井が勝つことは難しいだろうというのが、大方の予想を覆し、中井は、TKO勝利でデビュー戦を飾った。
 プロデビューのリングに立ち「びっくりするほど緊張しなかった」というところに大物ぶりが見てとれる。
「デビュー戦は、宇佐美さんが勝たせてくれたんです。やっぱり宇佐美さんはすごいなって」
 宇佐美は次のように言う。「あらゆる状況を想定して練習してきたので、彼女の持っている力を出しさえすれば勝つことは可能だと思っていました」。

 試合後、中井はリング上でバック宙を披露。器械体操仕込みの華麗なパフォーマンスに、会場を埋めた約800人の観客は沸いた。
「私はただ勝ったのが嬉しくて、リングからまだ降りたくないって思ったんです。それで、宙返りでもしようかなって(笑)。“昔とった杵柄”ですね。宙返りで思ったより会場が沸いてくれて嬉しかった。これから勝つたびにやって、覚えてもらえたらいいな」

 デビュー戦を終え、宇佐美は中井に言った。「この日が本当の始まりだからな」。
 この日の勝利で、中井自身、あらためて格闘技への思いを強くした。
「やっぱり私にはコレしかない、と思いましたね。『第二の人生』と言ったら大げさですけど、これでまた出発できた。まだまだ経験も少ないし未熟ですけど、早く上がっていきたい。これからの自分が楽しみなんです」

 5月19日、女子総合格闘技イベントの草分け、『SMACK GIRL・新宿FACE大会』で、中井はデビュー2戦目に挑んだ――。

(第3回へ続く)

中井りん(なかい・りん)プロフィール
1986年10月22日、愛媛県松山市出身。3歳のころから柔道を始める。中学時代は全国5位。高校時代は国体3位。06年9月から本格的に総合格闘技に取り組む。主な獲得タイトルは『スマックガール グラップリングクイーン トーナメント2006』4位。06年10月1日、プロデビュー戦となったパンクラス梅田大会、伊藤あすか戦でTKO勝利をおさめる。所属は修斗道場四国。155センチ、56キロ。
(写真:中井を指導する宇佐美コーチ<右>)




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