プロ2戦目の舞台となったのは、女子格闘技の草分けと言われる『SMACK GIRL』のリングだった。
 5月19日、東京・歌舞伎町の新宿FACEにて開催された『SMACK GIRL2007〜最強はUSAだと女王は言った〜』。メインは高橋洋子(巴組)×アリシア・ミーナ(米国)の第3代スマックガール無差別級女王決定戦。このイベントで、中井は第3試合に登場、真武和恵(和術慧舟會東京本部)と対戦した。
(写真:プロ2戦目、和術慧舟會東京本部の真武和恵(右)に挑んだ)


 プロになって初の東京での試合。対戦相手の真武は、2004年5月『SMACK GIRL−F』で行われたグラップリングトーナメントのミドル級を制するなど実績、経験ともに十分の和術慧舟會中量級のエースだ。この日は、怪我の影響によるブランクから久しぶりの復帰戦となった。
 試合は、5分2RのSGS公式ルール。セコンドの宇佐美コーチから檄が飛ぶ中、中井は、足を使って距離をとりながら、テイクダウンを狙う真武を幾度となく突き放し、パンチを繰り出していく。2R、スタンドの攻防ではパンチを出し合うが、グラウンドでは制限時間30秒というSGS公式ルールのもと、決めるまでには至らず。中井は、豪快な投げ技で真武をマットに叩きつけるなど、持ち前のパワーも披露し、会場を沸かせる。終盤には、腕十字に入る場面もあったが、決めるまでには至らず、試合終了。勝負は判定となった。
 結果は、3−0で中井の勝利。勝利者コールを受けた中井は、リング上で得意のバック宙を披露。客席から「もう1回見たい!」という声が飛ぶと、中井の身体は再び、宙を舞った。

 不調の中での価値ある勝利

 試合後、会場の後方で見守っていた家族の元に戻ってきた中井は、目の下の傷が少し痛々しいながらも、「良かったぁ、勝てて…」と晴れやかな笑顔を見せた。
 全く緊張しなかったというデビュー戦とは対照的に、プロ2戦目は「すごく緊張した」と振り返った。
「宇佐美さんの下で半年間、教えてもらってきて、ここで負けるわけにはいかないと思っていました。やってきたことは間違いじゃなかったな、と。確実に力がついているのが実感できた。強い相手だったので、勝ててホッとしました」
 宇佐美コーチは「実は、試合前はかなり調子が悪かったんです」と明かした。
「事前のドクターチェックでも、熱があったし、当日の調子も最悪だった。実績、キャリアのある相手だったから、精神面で揺さぶられたのかもしれないですね。その中で、勝てたというのは、相手との実力の差が大きかったんだと思います」
 2戦目の位置づけについて、宇佐美コーチは「小さな通過点」と語った。今後の課題は、「経験、キャリアを積んでいくこと」だ。
「格闘技には“打・倒・極”がありますけど、競技選手としては“心・技・体”が大事になる。まんべんなく、やっていきたいですね」(宇佐美)

 デビュー戦のころに受けた地元テレビのインタビューで、中井は「総合格闘技は、柔道、レスリング、ボクシングなどいろいろ混ざって、1つの種目にとらわれないところが面白い」と、その魅力について語っていた。だが、本格的に練習を重ねるにつれて、総合の難しさ、奥深さを実感し始めているようだ。
「1つの種目にとらわれない分、パターンがいっぱいあるし、すごく難しいな、と。辛いなァ、格闘技、と。当たり前なんですけどね(笑)。でもやっぱり、いろんな要素が入っている総合格闘技を極めることによって、最強になれるんじゃないかなと思います」

 「強い者が勝つのではなく、勝った者が強い」

 試合の数日後、中井に連絡を入れてみると、気持ちはすでに前へと向いていた。
「勝った瞬間は『夢みたい!』と嬉しい思いでいっぱいだったけど、少し経ったら、だんだん欲が出てきて、ああすればよかった、とか反省点ばかり。もう頭の中は次のことでいっぱい。良い傾向ですよね(笑)」
 以前から、自分に言い聞かせている言葉がある。
「強い者が勝つのではなく、勝った者が強い」――。
 中井は言う。
「まだまだ未熟だし、経験も少ない。当分の間は、実績やキャリアが上の相手と対戦することになると思うんです。でも勝負は強い人が勝つんじゃなくて、勝った人が強いんだと思う。相手にキャリアがあるからといって警戒しないで、若さと勢いで思い切り向かっていきたい」
 上を目指す気持ちには、一本の太い芯が通っている。
「憧れの選手は特にいません。逆に、自分が憧れられるような存在になりたいですね。戦い方だったり、すべてにおいて、自分を目標としてもらえるような選手になりたい」

 格闘技に打ち込む日々の中で、ホッとできる時間は、大好きな動物と触れ合っているときだ。自宅でも犬と猫を1匹ずつ飼っている。趣味は、ラブコメ映画を見て「笑って、泣く」こと。甘いものが大好き――。そんな今時の女の子が、ひとたびリングに上がれば、勇ましく相手に立ち向かっていく。

 まだ「小さな通過点」を越えたばかり。20歳の女子格闘家は、無限の可能性を秘めている。


中井りん(なかい・りん)プロフィール
1986年10月22日、愛媛県松山市出身。3歳のころから柔道を始める。中学時代は全国5位。高校時代は国体3位。06年9月から本格的に総合格闘技に取り組む。主な獲得タイトルは『スマックガール グラップリングクイーン トーナメント2006』4位。06年10月1日、プロデビュー戦となったパンクラス梅田大会、伊藤あすか戦でTKO勝利をおさめる。所属は修斗道場四国。155センチ、56キロ。







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