(写真:14年間、プロのリングで闘い抜き「世界5階級制覇」王者となった藤岡奈穂子 Photo by 藤村ノゾミ)

 日本女子ボクシングが初めて注目を浴びたのは、1997年だったと記憶している。

 元キックボクサーのシュガーみゆき(白龍)が日本人として初めての世界王座を獲得した時だ。まだ女子のボクシングが認知されていなかった時代、賛否の声も含めてテレビのニュース等で報じられ大きな話題となった。

 当時、シュガーが獲得したのはIWBF(国際女子ボクシング連盟)世界ストロー級王座。だが、この団体は10年以上も前に活動を休止、消滅している。

 

 女子ボクシングを統括する組織が整備されたのは21世紀に入ってからのこと。

 2002年に日本アマチュアボクシング連盟(現・日本ボクシング連盟)が女子部門を設立、プロを管轄するJBC(日本ボクシングコミッション)が認定したのは2007年。その少し前、05年11月に菊池奈々子が敵地タイでノンマイ・ソー・シリポンを7ラウンドKOで下し腰にWBC女子世界ストロー級のベルトを巻いている。

 主要世界4団体(WBA、WBC、IBF、WBO)の女子王者に輝いたのは、彼女が初めてである。

 

(写真:近年では女子だけのボクシングイベントも珍しくなくなった。9・27後楽園ホール、『Victoriva Vol.13』のメインで行われた日本バンタム級王座決定戦、桺井妃奈実<右>が2-1の判定で山下奈々を下し新王者に Photo by 藤村ノゾミ)

 以降、女子の世界王者が続々と誕生。現役の世界王者はWBA&WBOアトム級・黒木優子(真正)、IBF同級・岩川美花(姫路木下)、WBOスーパーフライ級・晝田瑞希(三迫)の3人で、歴代チャンプは30人近くに達している。男子のように快挙が大々的にメディアで報じられることは少ないが、女子ボクシングは、この約20年で基礎を固めジャンルとして定着した。

 

「引退ではなく卒業」の言葉を残して

 

 その歴代王者の中には、世界5階級制覇を果たしたボクサーがいる。

 藤岡奈穂子(竹原&畑山)。

 アマチュアボクシングでキャリアを積んだ後、34歳でプロとなった藤岡は、デビューから12連勝を飾る。その間にWBCストロー(ミニフライ)級とWBAスーパーフライ級の2つの世界王座を獲得した。

 

(写真:2019年7月、後楽園ホールでの天海ツナミ<左>との闘い。両者譲らぬ激しい攻防の末、ドローとなり藤岡奈穂子がWBAフライ級王座2度目の防衛を果たした Photo by 藤村ノゾミ)

 2014年11月、初の海外での試合(ドイツ)で黒星を喫するも4カ月後にメキシコで再起し、その後にWBOバンタム級、WBAフライ級、WBOライトフライ級の順に世界のベルトを腰に巻いている。世界5階級制覇は男女通じて日本人最高記録である。通算戦績23戦19勝(7KO)3敗1分け。そのうち15試合が世界タイトルマッチだった。

 

 最後の試合は、昨年4月、米国サンアントニオ・アラモドームでのWBA・WBCフライ級王座統一戦、マーレン・エスパーザ(米国)に敗れ王座を失った。

 その後も闘いを模索したが試合機会は得られず、今年5月に現役引退を表明。

 

 そして9月25日、後楽園ホールのリングで引退セレモニーが行われた。

 子どもたちが、これまでに藤岡が獲得したチャンピオンベルトを抱えて登場。そこに所属ジムの竹原慎二会長、畑山隆則マネジャー、ジムの名誉顧問でもある吉川晃司さん、元WBC世界バンタム級王者・山中慎介さんらが集い、リング上は華やかに。

 

(写真:9月25日、後楽園ホール『Fighting Bee Vol.25』で行われた藤岡奈穂子引退セレモニー。駆けつけた多くのファン、関係者に対し藤岡は笑顔で感謝の言葉を口にした Photo by 藤村ノゾミ)

 その中央に立ちマイクを手にした藤岡は、こう話した。

「プロで14年、アマで10年、いま48歳なので人生の半分、ボクシングをやってきました。世界初挑戦の前に東日本大震災があったり、4階級制覇の前に母が亡くなったり、いろいろなことがありましたが、みなさんのおかげで乗り越えることができました。みなさんと一緒に今日を迎えられて幸せ。『引退』ではなく『卒業』です」

 

 10カウントゴングが打ち鳴らされた後、「フ・ジオカ! フ・ジオカ!」の大コールがホール内に響き渡った。

 5階級制覇の偉業を達成したレジェンドの引退、いや卒業。この日、ひとつ幕が下ろされた。そして今後、女子ボクシングがさらなる発展を遂げることを期待したい。

 

 

<直近の注目格闘技イベント>

▶10月15日(日)、東京ビッグサイトTFTホール/「GRACHAN 65 旗揚げ15周年記念大会

」ロクク・ダリvs. 岸本篤史ほか

▶10月21日(土)、東京・後楽園ホール/「Krush.154」フェザー級タイトルマッチ、森坂陸vs.篠塚辰樹ほか

▶10月22日(日)、大阪・世界館「WARDOG.44」/フライ級タイトルマッチ、MAGISA vs.しゅんすけ ほか

▶10月29日(日)、京都・KBSホール/「HOOST CUP KINGS KYOTO 12」松田龍聖vs.山田航暉ほか

▶10月29日(日)、東京・後楽園ホール/「RISE 172」フェザー級タイトルマッチ、門口佳佑vs.魁斗ほか

 

 

近藤隆夫(こんどう・たかお)

1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『伝説のオリンピックランナー“いだてん”金栗四三』『柔道の父、体育の父 嘉納治五郎』(いずれも汐文社)ほか多数。

連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)


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