日本人はマラソンが好きだ。
 走ることはともかく、約2時間半という競技時間を最初から最後まで、地上波で中継するのは世界的に珍しいし、それを観る人が多いのも特徴だ。それも僕のような普段からランニングを行う人ならともかく、あまり走らない人も観ているから面白い。

 

 先週末(10月15日)、マラソンのパリ五輪代表を決めるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)が開催された。ただ、当日はあいにくの冷たい雨。沿道のお客さんは少なく、ただでさえ出場選手が少ないレースが盛り上がるのか心配でもあった。

 

 そんな懸念を吹き飛ばしてくれたのが、4位に入った川内優輝選手と、MGCと同時に開催されたレガシーハーフマラソンだったのではないか。川内選手の果敢な走りはレース展開を大きく変え、レガシーハーフに参加していたランナーがMGCに出場した選手たちを勇気づけてくれた。

 

 昨今のマラソンレースはとかくタイムが注目され、そのためにペースランナーがいるのが通例になった。むしろ大きな大会でペースメーカーがいない方が珍しいという状況。なので、25km地点くらいまでは想定ペースで淡々と進み、最後の10~15kmの勝負というパターンになる。その成果として、それなりのタイムが出るようになったし、一つの方法ではある。

 

 しかし、マラソンで一番大事なのはタイムではなく順位ではではないか。どんなタイムであれ、優勝は優勝だし、そこを争うのが基本だと思う。ただ、勝負にこだわると、思い切った展開を仕掛けるリスクを考慮し、守りのレースになりがち。今回は2位までに入らないとパリ五輪出場権獲得がないわけで、3位以下では意味がない。そんな重要なレースがゆえに、男女ともに守りのレース、コンサバなレースが予想された。

 

 その中で思い切った飛び出しを見せてくれた。経験豊富な川内選手は皆が守りに入るのを予想していたからこそ勝負に出た。さらに自分が得意とする悪天候も重なり、彼の走りに迷いはなかった。出場選手中、唯一トラック(1万m)の持ちタイムが29分台とスピードに劣る彼が勝負するなら、前半からという算段もあっただろう。海外レースで苦労した経験から、「自分が走りやすいレース展開に持ち込む」との狙いもあったそうだ。

 

 歴史に残るレース


 ともあれ、川内選手の飛び出しに他の選手たちは反応しなかった。彼を本命視していないこともあっただろうし、それ以上に途中でつぶれるリスクを取れなかったのではないか。

 

 このパターン、サイクルロードレースでは時々起きる。本命でない選手が前半から果敢に飛び出し、逃げ続ける。逃げている間は中継に映り続けるので存在をアピールできるし、スポンサーへの貢献度も高い。もちろんスピードの速い自転車競技は集団にいる方が圧倒的に有利なので、集団は残りの距離を冷静に判断し逃げている選手をとらえるのが普通だ。しかし、時に集団がお見合いをしたり、様子見したりしている間に逃げ切られることが、ごく稀にある。そんな僅かな望みをかけ、前半からアタックを仕掛ける者がいるのだ。

 

 川内選手のパターンはこれに近く、後半落ちていくリスクはあるが、自分が勝つならこれしかないという判断だったのだろう。そして、その走りは観ている人たちに、強烈な印象を与えてくれたのはご存じの通り。もちろん、彼の周到な準備が、後半の驚異的な粘りにも結び付いたのは言うまでもない。

 

 しかし、もしペースメーカーがいたら、このレースはどうなっていたか。

 恐らく25kmまでは30名程度の集団で、そこから揺さぶりが始まるというパターンになっていたはず。つまり川内選手はペースメーカーがいないことを巧みに利用し、速いマラソンではなく強いマラソンを見せてくれた。我々もいつもと違うマラソンの面白さを味わうことができた。マラソンとは何かと考えた時に、今回のレースは歴史に残るレースとなった。

 

 合同開催のメリット

 

 MGCから1時間半ほど遅れてスタートしたのが「レガシーハーフマラソン」。

 こちらは約1万4000人が、ほぼ同じコースを走り、苦しい後半を走るMGCの選手たちの応援団にもなった。観客が少なく、広い道を走っている選手たちにとって、近くで応援してくれる存在は有難かったそうだ。ましてやレベルは違えど同じランナーなので、その苦しさも心境も理解している人たち。エリートランナーを尊敬している人々がコース内で応援してくれるから、雰囲気だって大きく変わる。また、国立競技場内もMGC単独開催にはないにぎやかさがあり、単なる競技会とならない雰囲気の良さを感じさせてくれた。

 

 もちろん、一般ランナーにとってもトップ選手と同じコースを走れることは嬉しいし、その走りを少しでも近くで見られることは大いに刺激になるはず。つまり双方ともにメリットがあったということだ。もちろん、運営する方は大変なのだが!?

 

 スポーツは観るのもいいが、やはりレベルに関わらず自分で行うDo Sports が大切だ。今後、健康寿命延伸や人生の豊かさを考えると、やはり何らかのスポーツを行うことが望ましい。ならばそのモチベーションを高めるためにも、選手の気持ちを盛り上げるためにもこうしたエリートと一般の合同開催というのは有効な手かもしれない。

 

 冷たい雨が降り続く国立競技場だったが、晴れ晴れとした選手を見ていると足取りも軽く帰路に着いた。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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