村松竜二(ブラインドボクシング®協代表理事)<後編>「いずれはパラリンピックに」
伊藤数子: ブラインドボクシングはアイマスクやアイシェードを装着し、鈴を付けた相手役に向かってパンチを打ち込み、その際のフットワークやパンチの有効性、コンビネーションなどを採点する競技です。プロボクサーや元プロボクサーがブラインドボクシングを体験する動画を観ましたが、皆さん「見えないからミットの位置や距離感がわからないし、怖い」とおっしゃっていましたね。
村松竜二: 怖いとパンチにも力が入らない。見えると見えないのとでは、シャドーボクシングやミット打ちをした際の疲れ具合も、全然違いますね。一番難しいのは距離感です。
二宮: 元プロボクサーの村松さんと言えども、見えない中で距離感を掴むのは大変だったのでは?
村松: おっしゃる通りです。聴覚を頼りに音で、相手との距離を測るしかない。人とぶつかってしまうんじゃないかという恐怖心もあります。
二宮: 距離感に限らず、ボクシングは視覚に頼るところが大きい。その意味ではブラインドボクシングとは、似て非なる競技です。指導するのも簡単ではないでしょう。
村松: そうですね。言葉と身振り手振りだけでは伝わらないので、それこそ手取り足取り教えました。足の動きを説明したい時は、実際に私の足を触ってもらって伝える。弱視の方や後天的に視覚を失った方であれば、言葉だけでもイメージすることはできるかもしれませんが、生まれつき視覚に障がいのある人は、なかなかイメージできませんから。
二宮: 見えないがゆえにリングから落ちたり、人と人がぶつかったりすることはないのでしょうか?
村松: ロープがあるので、リングから落ちることはありません。だから視覚障がいのある練習生にとってリングは安全な場所なんです。選手同士がぶつかるリスクは、みんなで声を掛け合うなどして対処しています。
二宮: 視覚に障がいのある人にとって、転落や衝突の危険性がないのは、ありがたい。ブラインドボクシングで空間認知能力が養われることはあるのでしょうか?
村松: 個人差はあると思いますが、練習に参加している方からは、階段を踏み外しにくくなったとか、人の気配を感じやすくなったという話を聞いたことがあります。
伊藤: このジムでは、視覚だけでなく、様々な障がいのある人が参加していますね?
村松: 障がいの有無、種類に関わらず、指導しています。例えばプロのキックボクサーにボクシングのテクニックを指導することもあります。それはジム設立の目的のひとつが「障がい者と健常者の壁をなくす」ことだからです。
全国展開も視野に
二宮: 現在プロボクシング協会には加盟していません。将来、プロボクシングのチャンピオンを育てるために、協会に加盟する考えは?
村松: 全くないですね。それよりも障がいのある人たちの居場所をつくりたいという気持ちの方が強い。
二宮: 以前、指導した人から「パンチを打つ時にどんな顔をすればいいんですか?」と聞かれたことがあったそうですね。
村松: 視覚障がいのある方ではないんですが、障がい者の自立支援施設にボクシングを教えに行った時に言われました。50年生きてきたけど、そんなことを聞かれたのは初めてでした。驚きましたが、少し考えてから、こう答えました。「いい音が鳴れば、いいパンチが打てたと笑って、鈍い音がすれば、いいパンチが打てなかったと悔しい顔をすればいいんじゃない」と。そうすると、その子はすぐに実践し、パンチを打った後、笑ったり、納得いかない表情をしたりするようになりました。その笑顔を見た時、障がいのある人を支援する活動を続けたい、との思いが強くなりました。
伊藤: 昨年夏、ボクシングの聖地と言われる東京・後楽園ホールでブラインドボクシングを披露されました。
村松: 私が元プロボクサーということもあって、ボクシング関係者に協力していただきました。リングに上がった選手のひとりは、「もう死んでもいいくらい、うれしい!」と喜んでくれた。もちろん死なれたら困りますが、それほど喜んでもらえる舞台を用意できて本当に良かったと思います。
二宮: 現在、ブラインドボクシングを習うには、このジムと本部のあった名古屋にある支部の2つだけですか?
村松: 今のところはそうですね。いずれは全国展開していきたい。D&Dボクシングジムに関しては、トレーニングするだけでなく、情報交換をする場所になればいいと考えています。だから、この場所をなくすわけにはいけないという覚悟で、日々頑張っています。
伊藤: 最後に今後の目標を。
村松: いずれはパラリンピックの競技種目に加わりたい。現在小学6年生の練習生が、盲学校への進学を目指しています。彼は盲学校に入学できたら、ブラインドボクシング部をつくりたいと語っています。「会長も指導しに来てください」と言われているので、このスポーツの灯を消してはいけない。その彼はパラリンピックの正式種目になったら金メダルを獲るという目標も掲げているんです。子どもたちのためにも、夢を持てる場所、輝ける場所をつくらなきゃいけないし、守っていかなれければいけないと考えています。今はその使命感に燃えています。
(おわり)
<村松竜二(むらまつ・りゅうじ)プロフィール>
一般社団法人ブラインドボクシング®協会代表理事。1974年、山梨県出身。1992年整備士の専門学校在学中にプロボクサーとしてデビューを果たす。1994年、交通事故に遭った際に左手関節機能全廃の障がいを負うものの1年後に復帰。2002年、試合中の眼底骨折により右目外側半分の視界を失った。ほぼ右手一本で戦う姿は“竜の爪”の異名を取り、日本ライトフライ級1位にまで上り詰めた。日本王座に4度挑戦するなど、プロ通算36戦22勝(10KO)12敗2分け。2004年に引退した後、アマチュアボクシングのイベント参加しながら後進の指導を行っていた。2015年からボクシングを通じた社会貢献活動に関わるようになり、2018年にブラインドボクシング指導や青少年自立支援を目的とした法人B-boxを設立。現在は一般社団法人ブラインドボクシング®協会代表理事、一般社団法人B-box代表理事、D&Dボクシングジムの会長を務めている。