知将・野村克也が「生涯一捕手」を座右の銘としたのは、23年間在籍した南海を退団し、金田正一率いるロッテに移籍する時である。

 

 

<この原稿は2023年11月13日号『週刊大衆』に掲載されたものです>

 

 師と仰ぐ評論家の草柳大蔵から授かった「生涯一書生」という仏教用語(禅宗)に想を得たものだと言われている。

 

 南海時代には、プレーイングマネジャーを8年間務めた。73年にはチームをリーグ優勝に導いた。いわば一国一城の主が、これまで敵方だったチームの一兵卒となるわけである。

 

 自分の本分はあくまでも捕手。生涯にわたり、その本質を究めよう――。そうした覚悟と気概が見て取れる。

 

 野村はロッテに1年間身を置いた後、西武でも2年間、他人のメシをくった。この経験が後に役に立った、と生前、野村は語っていた。

 

 南海では「4番・捕手」。テスト生からのスタートとはいえ、戦後初の三冠王に輝くなど、生え抜きの大スターだ。

 

 それがロッテや西武では、“外様のご隠居”扱いである。引退間際のベテランや移籍組が、どんな気持ちで日々を送っているか。それがわかっただけでも、野村にとっては大きな収穫だったろう。

 

 リーグ3連覇を達成したオリックスの中嶋聡も、捕手というポジション以外に、野村との共通点がある。阪急・オリックスを皮切りに、西武、横浜、日本ハムと4球団を渡り歩いた。

 

 現役選手としての1軍実働年数は野村の26年を上回る29年。ベテランの苦悩も外様の悲哀も嫌というほど味わっている。それが采配に深みを与えているように映る。

 

 その文脈に従えば、今オフ、東北楽天から戦力外通告を受けた炭谷銀仁朗などは、将来の監督候補と見なすことができる。

 

 捕手一筋、西武、巨人、楽天で18年間プレーし、楽天をクビになった今も現役続行を希望している。

 

 ノムさんいわく「捕手は頭脳労働者」。ベンチに座っているだけでも、大きな戦力となるはずだが……。

 


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