☆再掲☆糸川亮太(立正大学硬式野球部/愛媛県四国中央市出身)第2回「壁当ての記憶」

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 1998年4月、糸川亮太は愛媛県四国中央市で生まれた。3人兄弟の末っ子。7歳上と3歳上の兄は地元の軟式野球チーム、妻鳥ファイターズに入団した。糸川がそれに続いたのは、兄の影響で幼稚園の頃から白球に触れていたからだ。

 

(2020年2月の原稿を再掲載しています)

 

 言わば2人の兄が糸川にとって、野球の師だった。

「一番上の兄には幼稚園の頃、家の隣の公園で厳しく、時には泣きながら教えてもらいました。一方で真ん中の兄は常に優しかった。2人とも家の中でも野球やゲームを一緒に遊んでくれましたね」

 

 父・哲也は3兄弟をこう比較する。

「3人とも野球が好きなんですが、取り組み方はそれぞれです。長男は努力家。次男は感性でやるタイプ。三男は自分で考えを持ち、練習をやっていました。仲も良くて3人でよくテレビゲームをしていましたね。一番負けず嫌いなのは亮太。自分が負けると悔しくて電源を切る。兄に叩かれても切っていましたよ」

 

 悔し泣きの記憶が、糸川本人には残っている。

「ゲームで負けて悔しくて泣いたのは何度もあります」

 対戦すれば“負けたくない”という気持ちだが、兄たちの試合の応援に行った際には、「兄2人が活躍できなかったら自分も悔しかった」と思ったという。

 

 糸川の「負けず嫌い」は母・美樹も証言するほど。自他ともに認める性格だ。加えて“ガキ大将”のようなところもあった。

「何でも先頭に立ってやるような子でしたね。サッカーをすれば、自分から指示を出し、周りを動かしていました」(母・美樹)

 リーダーシップがあると言い換えることもできるだろう。時には「考え過ぎてしまう」と言う糸川の性格は、幼少期から表れていた。

 

 再び父・哲也の述懐。

「“この子は長く野球を続けられるな”と思ったのは幼稚園の時です。長男の試合を応援しに行った時、試合中にダブルプレーを狙うシーンがあった。6-4-3。ゲッツー崩れになったのですが、私が『あぁ惜しかったー』と言ったら、隣で亮太が『セカンドのベースカバーが遅い』と口にしたんです。それですぐ壁当てをしに行く。亮太なりのイメージトレーニングをしていたんだと思います。その時に私は“この子はただボーッと見ているわけではなくしっかり野球を見ているんだなぁ”と驚かされました」

 

 ピッチャーへの憧れ

 

 ただ壁当てのイメージは野手ではなく投手だった。ピッチャーが投げなければ、試合は始まらない。兄2人はピッチャーではなかったが、目立ちたがり屋の少年は、1人高いマウンドに上がれる存在に憧れた。

 

 ピッチャー志望は小学1年で妻鳥ファイターズに入団しても変わらなかった。

「試合に出られるようになったのは3年生くらいですね。ポジションは主に内野でしたが、たまにピッチャーを任せてもらえました。5年生までは和気あいあいで勝てたらうれしいみたいな感じでやっていましたね」

 

 小学校の最終学年になると、チームの練習は厳しくなった。野球経験者の父兄を含め、新しいコーチが入り、指導に熱が込もるようになった。練習は毎日。指導が厳しくなっても「野球を辞めたい」と思うことは一度もなかったという。

 

 その頃にはチームの主戦投手となっていた。厳しい練習を課されたことで、それまでは「あまり勝てていなかった」というチームは強くなった。県大会で優勝、四国大会で準優勝を達成。糸川は中学では地元の硬式野球チーム、川之江ボーイズに所属した。

 

 糸川が1年時には全国大会にも出場した強豪だ。小学校卒業前にも練習に参加していた。小学生と中学生では身体の大きさも違う。心まで折れたわけではないが、野球より友人と遊んでいる方が楽しくなり、練習に身が入らない時期もあったという。

 

「今思えば、もっとできたんじゃないか……と」

 それでも糸川は中学1年の終わり、3年生が引退し、新チームが始動した時にはレギュラーの座を掴んでいた。ポジションは外野とピッチャー。1学年上の先輩が卒団し、自らが最上級生になるとエースでキャプテンとなっていた――。

 

(第3回につづく)

>>第1回はこちら

 

糸川亮太(いとがわ・りょうた)プロフィール>

1998年4月30日、愛媛県四国中央市生まれ。小学1年で野球を始める。妻鳥ファイターズ-川之江ボーイズ-川之江高校-立正大学。川之江高校時代は甲子園出場こそかなわなかったものの、エースとして3年時の春季愛媛県大会優勝、四国大会準優勝に貢献した。立正大進学後は2年秋に頭角を現し、東都大学1部の18季ぶり優勝、神宮大会の9年ぶりの優勝に導いた。冬には侍ジャパン大学代表候補合宿に参加した。MAX145kmのストレート、スライダー、カットボール、カーブ、チェンジアップ、シンカーを駆使する。身長172cm、体重76kg。右投げ右打ち。背番号17。

 

(文・写真/杉浦泰介)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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