いくつもの“女性初”を成し遂げ、女性審判員の道を切り開いてきた山下良美さん。その歩みと試合との向き合い方を当HP編集長・二宮清純が聞く。

 

二宮清純: 今、目の前にイエローカードとレッドカードが置いてあるのですが、これはFIFA(国際サッカー連盟)の公式戦で実際に使っているものですか。

山下良美: そうです。これをそのまま使っています。

 

二宮: 試合中に持つ枚数は?

山下: 特に決まりはないのですが私は、イエローは1枚、レッドは2枚持っています。なぜレッドが2枚かというと、レッドは出す機会が少ないため、いざという時にどこに入れたか忘れてしまうのが怖いんです。それで2枚用意して2カ所に入れています。

 

二宮: ちなみに、カードを入れる場所はルールで決まっているのですか。

山下: 特に決まりはありません。私の場合、レッドカードは右胸と右のお尻のポケットに入れていて、イエローカードは、出しやすいズボンの左ポケットに入れています。記録用紙は左胸のポケットです。

 

二宮: 記録用紙には、主審が何か書き記すシーンをよく見かけます。あれは何を書いているのでしょう?

山下: 得点した時間、交代した時間、カードを出した時間、それに関連する選手の背番号などを記入します。ただ、最近は世界大会になるとテレビ中継も入って多くの人が記録しているので、主審は書かないことが多いですね。ピッチ(グラウンド)から目を離す時間がもったいので。

 

二宮: なるほど。テレビといえば、最近はVARが使われることが多いですね。あれは主審から要請するのですか。

山下: いいえ。主審の下した判定について「はっきりとした、明白な間違い」あるいは「見逃された重大な事象」の可能性がある場合のみVARが介入します。介入する事象は、①得点かどうか②PKかどうか③退場かどうか④警告退場の人間違い――の4つで、主審がモニターで映像を確認したり、VARからの情報を聞いたりします。

 

二宮: 最終的な決定権は、主審にあるんですよね。

山下: はい。VARは主審が映像を見ることをレコメンド(推奨)するだけです。だから映像を見たけれど、ピッチで見たものと変わらないから主審の判断でそのまま試合を進めることはよくあります。

 

二宮: 私が映像のすごさを感じたのは、昨年のカタールワールドカップ(W杯)のいわゆる「三笘(薫)の1㎜」です。はた目にはゴールラインを割っているように見えました。

山下: 確かに割っているように見えますよね。実は、W杯ではボールの中にモーションセンサーが入っていて、ボールに接触するとモニターに波形が出る仕組みになっています。あの時、最後にボールに触った(蹴った)のは三笘選手なので、その波形に合わせてボールを止め、その地点を上からの映像で見たらラインにかかっていたわけです。

 

二宮: 科学の力はすごい! そういえば以前、山下さんが試合でのコミュニケーションのポリシーとして、「ロボットと人間の間でいること」と語っているのを見ました。あれはどういう意味ですか。

山下: ロボットが判定するようにルールに正確に判定することは、審判員にとって重要なことです。でも、審判員には「反則を予防する」という大事な役割もあります。選手の雰囲気や表情、言葉の使い方などで「何か問題が起きるのではないか」と察知し、事前に声を掛ける。これはロボットには、なかなかできないことではないでしょうか。その意味で、ロボットと人間、双方のよさを併せ持ちたいと思っています。

 

二宮: 杭州アジア大会の男子サッカー準々決勝、日本対北朝鮮の試合(10月1日)についてお聞きします。試合中、北朝鮮の選手が日本のスタッフから強引に給水ボトルを受け取った上、小突くようなそぶりをしてイエローカードが出されました。あれはレッドカードでもよかったのでは……。

山下: イエローとレッドは、それぞれ8つの反則のいずれかに該当する場合に出されます。今回のようなケースでいえば、それが「乱暴な行為」と見なされればレッドになり、「反スポーツ的行為」と見なされれば、イエローになります。

 

二宮: そこの境目は非常に難しいと思いますが、。この試合では北朝鮮に対して合計6枚のイエローが出されました。中には、「レッドになってもおかしくないものがあった」との指摘も聞かれましたが、山下さんの目にはどう映りましたか。

山下: 実際にピッチに立っていたわけではないので、判断は難しいですね。ただ、レッドになる8つの反則に該当しない限りカードは出ません。例えば、ひざが伸び切った状態で足の裏が相手の足首に当たった場合はレッドに該当しますが、スピードはあってもひざが曲がった状態で当たった場合は、衝撃はそれほどではないと判断され、イエローになることもあります。

 

二宮: 危険なタックルに見えても、いろいろなケースがあるわけですね。例えば粗暴な振る舞いが続いた場合、その抑止力としてレッドを出すということは?

山下: ないですね。審判員は基本的に起きたことに対してカードを出したり、注意を与えたりすることで対応します。ただ先ほどもお話ししたとおりように、反則を予防することも審判員の大事な役割です。それなので、熱くなりすぎている選手がいたら、声掛けすることはあります。また、カードには値しないけれども報告すべきことがあった場合には、試合後に審判報告書に記載して報告することはできます。

 

二宮: 試合終了後は、カードは出せないのですか。

山下: 試合が終わっても、主審がピッチを去るまでに起きた事象についてはカードを出せます。また、ピッチを出た後に暴言や暴力行為があった場合は、本人に「これはイエロー(レッド)に値する行為です」と伝えた上で審判報告書に記入して、カードを提示したのと同じような対応を取ることはできます。

 

(詳しいインタビューは12月1日発売の『第三文明』2024年1月号をぜひご覧ください)

 

山下良美(やました・よしみ)プロフィール>

1986年2月20日、東京都中野区生まれ。4歳の時からサッカーを始め、中学3年まで地元のクラブチームでプレーする。西高校(東京都)卒業後、東京学芸大学では女子サッカー部で活躍。大学の先輩で女子審判員の坊薗真琴の誘いを受け、審判員の道を志す。2012年、女子1級審判員の資格を取得。15年、FIFA(国際サッカー連盟)の国際審判員に登録。21年、Jリーグ初の女性主審となった。22年、女性審判初となるプロ契約を締結。同年のFIFAワールドカップ(W杯)カタール大会では、初の女性審判員の1人に選出され、6試合で第4審判員を務めた。23年、FIFA女子W杯オーストラリア/ニュージーランド大会で、日本人女性審判として初めて開幕戦の主審を担当した。


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