10年前の雪辱を果たせなかった喜田拓也の無念

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 日産スタジアムの記者席に腰を下ろすと、10年前にタイプスリップするような感覚に陥った。

 

 2023年11月24日、J1第33節。首位ヴィッセル神戸を勝ち点2差で追う横浜F・マリノスはアルビレックス新潟とのホーム最終戦に臨もうとしていた。他力本願にはなるものの逆転優勝を成し遂げるには、確実に勝ち点3を取って翌日に試合を行なうヴィッセルに少しでもプレッシャーを掛けておきたいところだろう。

 

 同じホーム最終戦、同じ相手とあって、自然と10年前の記憶が呼び起された。2013年シーズンのF・マリノスは9年ぶりのリーグ制覇に王手を掛けながらも新潟に0-2で敗れた。この完敗劇が尾を引く形になって川崎フロンターレとの最終節も落としてしまい、森保一監督率いるサンフレッチェ広島に優勝を奪われる形になった。

 

 今年は2位と追う立場であり、“金J”ナイターとあってあのときのようにスタジアムが超満員に膨れ上がったわけでもない。状況はいろいろと異なるのだが、F・マリノスが10年前の悪夢を払拭できるかどうかがこの試合の最大のテーマではあった。

 

 想像したとおりに試合は展開していく。得点を奪うべく序盤から前掛かりになって攻勢を強めるF・マリノスに対し、耐えてボールを保持しつつもハイライン裏のスペースを狙うアルビレックス。息を呑むような緊張感のある攻防が続いた。

 

 筆者は一人のボランチを目で追っていた。

 

 F・マリノスで10年前を知るキャプテンの喜田拓也だ。当時はユースからトップに昇格した1年目。中村俊輔、中澤佑二、栗原勇蔵、齋藤学、マルキーニョスら多くのタレントを擁したチームのなかで揉まれ、リーグ戦とカップ戦の出場機会はゼロに終わったものの成長できている実感はあったという。

 

 プロ1年目を振り返って、このように語っていた。

「あれだけの凄いメンバーが練習では(監督に)言われるだけじゃなくて、選手たち同士で戦術の細部を詰めていました。対戦相手の分析も含めて。言葉で表すのは難しいんですけど、“強いチームはこういう雰囲気なんだな”って実感を持つことができた。でもそれって、プロに入るまでに培ってきたものと感覚的にはズレていなかったんです。

 試合に出ない選手の振る舞いや取り組みをダイレクトに感じられて、強いチームというのはこうなんだなっていう一種の成功体験を得られました」

 

 これが強いチーム。優勝を信じただけに、最後に優勝を取り逃がしてしまったことはあの日スタンドで祈るようにして観ていた喜田にとっても忘れられない記憶になった。

 

 熱く、冷静に。プレーを眺めればこの一戦に懸ける彼の思いはひしひしと伝わってきた。

 

 前半22分だった。

 

 押し込みながらも攻めきれず、相手にボールが渡るとロングボールで裏に出され、喜田は鈴木孝司と競り合って倒してしまう。イエローカードを提示されるなか、レッドカードを主張するアルビレックス側のみならず逆に喜田も主審に珍しく激しく抗議した。

 

 これには伏線があった。前半早々にはアルビレックス側にも似たシーンがあり、ヤン・マテウスが倒されながらも相手にカードは提示されなかった。このとき主審に近寄って確認したのがほかならぬ喜田であり、“ならばこれがイエローカードの対象になるのはおかしい”との判断があったからだろう。

 

 安易なファウルを犯す選手ではない。堅実とアグレッシブを両立させる彼の安定性こそがこのチームを支えてきた。数試合ではあったがケガ人が続出したセンターバックを任されたのも、読みと判断にミスがほとんどない特長を買われてのものだ。

 

 しかし喜田はこれ以上の抗議は無意味とばかりに気持ちを切り替えてきた。周りを必要以上に熱くさせない意味もあったはずだ。どっちに転んでもおかしくない展開を頭に入れながら、喜田は必死になって流れを引き込もうとしていた。

 

 イエローカードを一枚抱えたこともあってか、後半19分に喜田はピッチを後にする。試合は結局スコアレスドローに終わった。結果は10年前と違えど、失意の雰囲気もよく似ていたように感じた。あのときの悔しさを知る喜田にとっては、無念だったに違いない。

 

 ヴィッセルにプレッシャーを掛けるどころか、逆に和らげる形になったことは言うまでもない。翌日、気合いを入れ直したヴィッセルはホームで名古屋グランパスに2-1で勝利してJ1初優勝を決めている。

 

 2023年のJリーグもいろんなドラマがあった。多くのストーリーは未来へと引き継がれていくことにもなる。喜田のストーリーも、ここがエンディングではないということを一言、付け加えておきたい。

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