子供のころはあんなにも長かった1年という時間が、年齢を重ねるにつれどんどんと短くなっていくのは、「初めて」や「未知」が減っていくからだと個人的には思っている。マラソンを走ったことのある人間とそうでない人間とでは、42.195キロという距離に対する感覚がまったく違う。たぶん、そういうことなのだと。

 

 だが、今年はちょっと感じ方が違う。1年前が、はるか昔のように感じられる。

 

 町田をクラブ史上初のJ1に導いた黒田監督は、1年前、高校の指導者だった。就任記者会見で彼が発した「チームをJ1に昇格させる」という言葉の鵜呑みにした人はほとんどいなかっただろうし、他ならぬ黒田監督自身が、「正直、自信や確信はまるでなかった」と思っていたことを、先日、本人の口から聞いた。

 

 わたし自身、期待はしていたものの、簡単ではない、楽観はできない、というのが、黒田監督に対する見方だった。なぜか。高校サッカー界で名将と呼ばれていた方たちが、結果を出せずに終わったという歴史を「知っていた」からである。

 

 常識は、塗り替えられた。

 

 おそらく、全国の若年層の指導者の中には、「次は自分が」と腕を撫している人が出てきているだろうし、Jクラブの編成を預かる立場の人間は、次期監督候補の探索先を広げるかもしれない。日本サッカーの未来図は、この1年を機に、少しだけ、しかし確実に変わる。

 

 そもそも、1年前のいまごろ、カタールではまだW杯が行なわれていた。決勝でアルゼンチンと戦うのはどこか、まだ決まってさえいなかった。

 

 森保監督や日本代表に対する評価も、固まっていなかった。ドイツには勝った。スペインも倒した。ただ、その内容に依然として疑問符をつける声は多く、わたし自身、森保監督を続投させるという流れには懐疑的な視線を向けていた。

 

 たった1年前の話である。

 

 WBCで日本が優勝し、バスケ日本代表が五輪出場権を獲得し、阪神が38年ぶりの日本一となった年の暮れに、もはや森保監督の更迭を要求する声はない。日本代表は、たった1試合、コロンビアに敗れただけで23年を終えた。

 

 コロンビアがW杯カタール大会の出場を逃していたこともあり、この敗戦は再び森保監督に対する批判の熱を高めかけた。だが、そうした空気を吹き飛ばしたのが、ウォルフスブルクでのドイツ戦だった。敵地でドイツに勝つ。それも4-1で勝つ。カタールの時のように、ほぼ主導権を握られながら辛くも勝ったのではなく、互角にやり合った上で倒す。

 

 この歴史的勝利によって、わかったこと。カタールで結果を残したという自信が、森保監督や選手たちに想像以上に大きな影響を与えていた、ということ。わたしは、あの勝利を「日本にできるMAX」と感じていたが、現場では「もっとできたのに」との体感が残っていたらしいこと――。

 

 その後、トルコはカナダ、チュニジアを粉砕した日本は、FIFAランキングで10位台に突入し、ランクによってはドイツより上に格付けするところも現れた。それが、たった1年の間に起こった。

 

 こんな1年を、わたしは経験したことがなかった。

 

 果たして、来年はどんな年になるのか。今年の流れを持ち越すのか、それとも、試練が降りかかるのか。いずれにせよ、これほど1年を長く感じさせてくれた日本サッカー界に、いまは感謝したい。今年もあと、2週間少しになった。

 

<この原稿は23年12月14日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>


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