本拠地のドジャースタジアムで行われた大谷翔平のドジャース入団会見で、最も印象に残ったのは「オーナーを含めて、ドジャースが経験してきたこの10年間を、彼らは全く成功だと思っていない」という発言だった。

 

 ドジャースは、この10年間で9回の地区優勝(ナ・リーグ西地区)と3回のリーグ優勝、そして1回のワールドシリーズ制覇を達成している。上を見ればきりがないが、これを成功と呼ばずして何を成功と言えばいいのだろう。

 

 ちなみに2014年以降の10シーズンに限って言えば、チャンピオンチームは毎年のように入れ替わっている、30球団の頂点に2度立ったのはアストロズ(17、22年)だけだ。

 

 ドジャースも20年に7度目のワールドチャンピオンの称号を手にしたが、この年は新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、レギュラーシーズンは60試合(通常は162試合)しか行われなかった。口さがないメジャーリーグ関係者は「あのシーズンはノーカウント」と声を潜めた。それをドジャースのフロントや現場が知らないわけがない。「今度こそ162ゲームを戦い、ポストシーズンを勝ち抜き、真のワールドチャンピオンになる。そのためにはショーヘイ、キミの力が必要なんだ」。おそらく敏腕で鳴るアンドリュー・フリードマン編成本部長は、こう弁舌を振るったのだろう。野球人にとって、これほど自尊心をくすぐられる言葉は他にあるまい。

 

 大谷のフロント、経営陣へのロイヤリティーは、次の発言からも見てとれる。「みんなが同じ方向を向いているのが大事だと思っている。ドジャースに入団するとともにメインのおふた方と契約するという形。そこが崩れれば契約自体も崩れることになると思う」。キーマンを指定してのオプトアウト条項の存在を示唆したものだが、それだけ筆頭オーナーのマーク・ウォルターとチームを取り仕切るフリードマンへの信頼が厚いということだろう。

 

 既視感がある。今から28年前の話だ。海を渡った野茂英雄の入団先として最も有力視されたのが任天堂の米子会社が筆頭株主のマリナーズ。ところがフタを開けてみるとドジャース。なぜドジャースを選んだのか?「それはオマリーさんがいたからですよ」。後日、野茂が明かしたのが、交渉の席でのピーター・オマリー会長の熱弁だった。「まずは日本での地位を捨ててまでメジャーリーグでやってみたいというキミの勇気を称えたい。僕はキミのような青年が好きなんだ。ベースボールは、いつか世界規模のスポーツになる。ベースボールの未来のためにも、ドジャースはキミを必要としている」

 

 パイオニアのヒデオ・ノモから数えて10人目の日本人選手がショーヘイ・オータニ。ドジャースでワールドシリーズのチャンピオンリングを手にした日本人選手は、まだひとりもいない。10月、大谷の指には光るものがあって欲しい。

 

<この原稿は23年12月20日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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