改革に副作用は付き物である。それを最小限にとどめるための手立ては必要だが、副作用を恐れて前に踏み出さなければ、道行きには現状維持という名の停滞が待っているだけである。

 

 Jリーグは2026~27シーズンから秋春制に移行する。降雪地対策などの課題は残るものの、猛暑による選手の健康リスク、シーズン途中に主力が欧州リーグに引き抜かれる弊害を考慮すれば、理事会の決定は多とすべきだろう。

 

 私見を述べれば、今回の制度改正、単にサッカーの話ではない。バブル崩壊後、“ゆでガエル”と化しているこの国を再起動させるためのカンフル剤となるのではないか。密かに、そんな期待を寄せている。

 

 実施シーズンの移行を巡る議論の過程で、現状維持派の中には、日本の社会制度を持ち出す者が少なからずいたという。学校は4月に始まり、3月に終わる。官公庁も新年度は4月1日にスタートし、3月31日に「年度末」を迎える。これが日本人の“体内時計”だというのである。

 

 ついフンフンとうなずいてしまいそうだが、これを鵜吞みにしていけない。明治政府が有為な人材を育成すべく「学制」を公布したのが1872(明治5)年。これにより、全国各地に学校を設立したが、入学時期はドイツや英国にならって9月だった。

 

 それが4月入学に改められたのは1884(明治17)年に、政府の会計年度が、それまでの「7月~翌年6月」から「4月~翌年3月」に変更されたためである。

 

 なぜ3カ月も繰り上げたのか。当時の大蔵卿・松方正義が、任期中の赤字を少なく見せるため、次年度の歳入3カ月分を“先喰い”したというのだから、話は穏やかではない。

 

 会計年度が改制されれば、予算の配分にあずかる官公庁や学校は、一斉に“右へならえ”するしかない。かくして学校の場合、入学は4月、卒業は3月。官公庁のみならず民間においても、「年度末」は3月31日を指すようになったのである。

 

 物事が万事、うまくいっている時は慣行踏襲路線でもいいだろう。しかし、好むと好まざるにかかわらずグローバル化の波に洗われている今、制度そのものを大胆に設計し直すという視点もあっていいのではないか。

 

 たとえば2011年、東大は学生の海外留学を促進し、また海外から優秀な留学生を迎え入れることを目的に、世界の約7割の大学が採用している9月入学を検討したが、この議論、いつの間にか下火になってしまった。

 

 そんな中でのJリーグの秋春制移行である。サッカーが変わればスポーツが変わる。スポーツが変われば日本が変わる――。これはJリーグ初代チェアマンの川淵三郎が好んで口にした言葉だ。理念に気概が染み込んでいた。坂本龍馬ではないが、Jリーグは「日本を洗濯する」ための前衛的運動体であり続けて欲しい。

 

<この原稿は23年12月27日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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