長期間労働により、病気が自殺を招きかねないリスクが生じる基準のことを「過労死ライン」と呼ぶ。文部科学省が2016年に実施した調査によると、実に小学校教員の33.4%、中学校教員の57.7%が、それを超えていることが明らかになった。

 教員への負担は精神的、身体的なものにとどまらない。経済的な面でも、その負荷は教員に重くのしかかる。

 

 学校現場で残業を行った場合、公立学校の教職員には「給特法」(教職員給与特別措置法)が適用される。これは1971年5月に制定された法律で、給与月額の4%が教職調整額として支給される代わりに、原則として時間外勤務手当、または休日勤務手当は支給されない。

 

 では私立学校の場合はどうか。私立学校の教職員は「民間労働者」扱いとなるため、給特法は適用されない。<残業代は1分単位で割増賃金を支払わなければ違法>(私学教員ユニオンHP)なのだが、一部には法令を遵守していない学校もあると聞く。

 

 長崎県内の私立学校で運動部の顧問を務める女性職員が学校側を相手取り、放課後や休日などの部活指導に対する未払い賃金支払いを求めていた訴訟は、学校側が労働時間と認め、解決金185万円を支払うことで和解が成立した。それまで学校側は残業代として、月額1万4000円の固定手当などしか支払っていなかった。これでは“ブラック企業”ならぬ“ブラック教育現場”である。

 

 スポーツ庁の有識者会議が昨年5月に取りまとめた、公立中学校の運動部活動の地域移行案も、この文脈に沿って語られるべきものである。

 

 スポーツ基本法の制定に携わった境田正樹弁護士は、こう語っていた。

「今までは学校の先生がボランティアで部活の責任を負わされ、昼も夜も週末も働かざるを得ない状況になっていました。本当はプロの指導者が賃金をきちんともらって指導する方がいい。国がスポーツの環境を考えるならば、きちんと負担すべきです」

 

旧法と新法の違い

 

 部活の地域移行に関しては、国が旗を振っているものの、地域によっては施設利用に関して “温度差”が見られるとの指摘がある。スポーツ基本法では、<国立学校及び公立学校の設置者は、その設置する学校の教育に支障のない限り、当該学校のスポーツ施設を一般のスポーツのための利用に供するよう努めなければならない>と明記されているにもかかわらず、である。

 

 リーフラス株式会社の代表取締役 伊藤清隆氏は、「それまで使えていた施設でも首長か担当者が代わると、一転して“使えません”というケースに直面したことがあります」と基本法の運用を巡っては、担当者によってバラつきがあることを明らかにした。

 

 これについては、1961年に制定された旧法の「スポーツ振興法」が弊害になっていると見られる。3条2項に、こうある。<スポーツの振興に関する施設は、営利のためのスポーツを振興するためのものではない>。主に学校施設の貸し出しに関するものだが、一部に見られる部活の民間軽視は、ここからきているように思われる。

 

 だが、これはあくまでも旧法である。新法は基本理念で、<学校、スポーツ団体、家庭及び地域における部活の相互の連係を図りながら推進されなければならない>(第2条2項)。一読すればわかるように「営利」という言葉は削除されているのだ。

 

 これについて境田弁護士は「法律で決められたことを条例で覆してはいけません。スポーツ庁が部活動の地域移行、地域スポーツの振興を促進していく方向性を示したわけですから、それに自治体も応じる必要があります。条例で過度な制約を課しているのであれば改正していく必要があると思います」と語っている。

 

 本来、部活動は学校教育活動であると同時に教育課程外、すなわち社会教育活動でもある。教職員の過重労働が社会問題化するなか、部活動を民間や地域も含め、社会全体で支える仕組みづくりが早急に求められる。今はまだその第一歩を踏み出したに過ぎない。

 

二宮清純(にのみや・せいじゅん)プロフィール>

1960年、愛媛県出身。明治大学大学院博士前期課程修了。同後期課程単位取得。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。経済産業省「地域×スポーツクラブ産業研究会」委員。認定NPO法人健康都市活動支援機構理事。『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)『勝者の思考法』(PHP新書)『プロ野球“衝撃の昭和史”』(文春新書)『変われない組織は亡びる』(河野太郎議員との共著・祥伝社新書)『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治氏との共著・廣済堂出版)など著書多数。


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