これぞまさに波瀾の幕開けというのだろう。パ・リーグでは楽天が開幕4連敗したと思ったら一転して7連勝(4月3日現在)。セ・リーグでは、なんと東京ヤクルトがかの読売巨人軍に開幕3連勝。こんなこと、誰も予想しなかったでしょう。というより予測不可能である。野村克也監督流にいえば、ヤクルトが巨人に3連勝すると予測するに足る根拠がない。もし、ヤクルトが巨人に3タテくらわすと予言した人がいるとしたら、それは予想ではない。あてずっぽうである。
 今年は、大方の予想に反して、セ・パともに混戦になるのではないか。セではヤクルトがその象徴だろうし、パでは楽天、オリックス、西武ともあなどれない。こういう状況が出来した要因のひとつに、クローザーの不在があげられる。
 たとえば千葉ロッテは、小林雅英が抜けた。クルーンは横浜から巨人に移った。ソフトバンクでは馬原孝浩が故障中。絶対的なクローザーといえるのは12球団見渡して、中日の岩瀬仁紀、阪神の藤川球児、北海道日本ハムのマイケル中村ぐらいしかいない。あとはせいぜい巨人のクルーン。つまり、8球団はセットアッパーとクローザーのやりくりで戦わねばならないのだ。

 典型的な例が開幕連敗したときの楽天である。昨年までのクローザー福盛和男がメジャーに行ってやりくりを強いられた野村監督はドミンゴ・グスマンを起用した。これが全くの眼鏡ちがいで、2連続サヨナラ負けの原因となってしまう。
 ではなぜ、ドミンゴだったのだろうか。おそらく150キロのストレートがあり、それなりに変化球もあるので三振が取れる、クローザー向きの投手という判断だったのではないか。このクローザー像は、日本球界のある種の常識になっているといっていい。たとえばかの佐々木主浩。150キロ近いストレートと大きく落ちるフォークが武器だった。小林雅英しかり(彼の場合はスライダーだが)、クルーンしかり。

 ただ、この常識が必ずしもあてはまらないのが、野球の面白いところ、もっといえば奥深いところである。すなわち、勝ちゲームの9回を投げるということ自体のもつ格別な重み、あえていえば品というものを、投手は否応なく問われるのである。
 ドミンゴは、残念ながらこの重みに耐えかねた。たとえば広島カープの永川勝浩も同様の陥穽にはまりこみ、ついに二軍落ちした。

 では、クローザー不在のチームは9回にどう対処すればいいのか。
 野村監督とは逆の発想をした監督がいる。千葉ロッテのボビー・バレンタイン監督である。今季のロッテの8、9回は慌ただしい。荻野忠寛でセーブをあげたと思ったら、次の日、荻野はセットアッパーにまわって、ウインストン・アブレイユが9回に出てくる。今年入団したアブレイユは確かに150キロ近いストレートとスライダーを投げる。クローザーに考えているのかなと思ったら、別の日にはブライアン・シコースキーが出てくる。

 たとえば3月29日、30日のオリックス戦。29日はまずアブレイユ。そして最後は川崎雄介が出てきてセーブ。30日はリードされている展開にもかかわらず、すでにセーブをあげている荻野をセットアッパーに出し、シコースキーにつなぐ。
 つまりバレンタイン監督のやり方は、アブレイユ、シコースキー、荻野、川崎、あるいは高木晃次あたりで、8、9回をまかなってくれればいいという考え方なのである。失礼ながらこの5人のうちの誰かが、昨年までの小林雅英なみの活躍ができるとは思えない。バレンタイン監督も同じ見解だろう。だからあえて、8、9回を日替わりのやりくりにして、9回のもつ特権性を消そうとしているのではないか。
 もっといえば、今季のロッテに9回を投げる権利を有するだけの格を備えた投手はいない。ならば、9回の格自体を消してしまえ。そうすれば、投手が9回を抑えなければという義務感に押し潰されることもあるまい、という考え方だ。

 一方、オリックスのテリー・コリンズ監督は、正統派の(早い話が常識的な)発想である。8回はセットアッパー菊池原毅、9回はクローザー加藤大輔という形を、なんとか成立させようとしている。
 加藤は145キロ程度のストレートと独特のナックルカーブを投げる。オリックス投手陣の中では、確かに最もクローザーに適性のある投手なのかもしれない。ただなあ。いいストレートだけど空振りを奪える程のものではない。彼が果たして9回を投げる権利にまで到達した投手なのか、少々疑問にも思うのですが(もちろん、昨年26セーブの実績はある)。

 ここでいったん話が飛ぶのだが、センバツ高校野球をご覧になりましたか。今年は去年のように中田翔だ、佐藤由規だといったスターはいない。好投手といわれる投手たちもいずれも上体に頼った投げ方という印象が強く、スピードガンで140キロを超えても、伸びとかキレを欠く傾向が顕著だった。一番魅力的だったのは沖縄尚学の東浜巨でしょうか。細身ながら、ストレートにキレがあり、チェンジアップ(フォークみたいな握りだったけど)も面白かった。

 実はここで、おそらくは誰も注目しなかったであろう2年生投手の話をしたい。一関学院・阿部航という投手である。一回戦で東洋大姫路に敗れたのだが、エースが序盤から打ち込まれ、彼は3回から登板した。
 はっきり言ってボールは遅い。プロとかいうレベルにはほど遠い。しかし、今大会見た投手の中で、一番印象に残っている。なぜなら、見ていて面白いのである。
 よもやそんな投手が出てくるとは思わなかったのでビデオを録画しなかった。だからあくまで記憶で書くほかないのだが、たとえばこんな具合だ(彼は右投手)。

 確かランナーを背負った場面だったと思う。右打者に対してまず、スライダーが外角にに大きく横に曲がってクソボール。おいおい大丈夫か。次にアウトローへ今度は縦に沈むスライダー。なるほど。次に同じアウトローへさっきのスライダーと同じ軌道から逆方向に落ちるシンカー(チェンジアップか?)。へぇぇ。で、ファウルを挟んだりして、フルカウント。ここで、いきなりインハイにシュート。おっと、バッター、びっくりして見逃し。ストラック・バッターアウトッ。
 別にこの配球ならプロでも通用するとは言いませんよ。ただ、彼は他校の投手たちとは明らかに違う発想で投げていた。そして、そのように投げることが心底楽しそうだったのである。

 再び、クローザーの話題に戻る。いわゆるオーソドックスな150キロ近いストレートと変化球で勝負する投手は、基本的にはその二種類のボールを全力で投げ続けねばならない。佐々木や小林雅英のピッチングスタイルである。それはある種の修行を想起させないだろうか。伸びのあるストレート、キレのある変化球をとにかくコーナーに決めること。その反復こそが、9回のマウンドに登る権利の証しとなる。そこには、なにほどか、抑えねばならないという義務を感取することを、見ている者にも強要する面がある。

 そこへ、たとえば阿部君のような発想の投手を置いたらどうなるのだろう。特にこれといったウイニングショットはないけれども、ボールの力ではなく投球の発想で、打者を牛耳るのではなく翻弄するクローザー。たまには、そんな“守護神”がいてもいいではないか。
 バレンタイン監督のやり方は、おそらくこれに近いのだろうと思う。例えば、ようやく永川への未練を断った広島カープ、あるいは五十嵐亮太も石井弘寿も思うように復活してくれないヤクルト、クルーンを奪われた横浜あたりから、遊びながら投げているかに見えるクローザーが誕生したら、ペナントレースの大混戦には、さらに拍車がかかるに違いない。

 ちなみに楽天が4連敗のあと連勝が始まった時、クローザーの座についたのは青山浩二である。彼は決して速球派ではない。しかしスライダーの変化には見る者を惹きつけるだけの魅力がある。
 出でよ、楽しいクローザー!

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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