オープン戦初戦の初打席で大ホームラン、というまたまたド派手な話題を提供してくれた北海道日本ハムのルーキー中田翔(3月1日、横浜戦)。今や日本一のスーパースターといっても過言ではないですね。
 ところで、キャンプ中の最初の練習試合でも中田がホームランを打ったのをご記憶だろうか。少々古い話になるが、2月10日、沖縄・名護市営球場で行なわれた阪神−日本ハムの練習試合である。第1打席はいい当たりのセンターライナー。これは好捕されて、迎えた5回裏の第2打席。投手は左腕・筒井和也。真ん中に入ってきたストレートを強振すると、打球はレフト上空、はるか場外にライナーで消えていった。130メートル弾!

 キャンプというのは、見ていると非常に面白い。なぜなら、その選手のもともと持ちあわせている実力の地金が見えるからである。数多いプロ野球選手の中には、もともと一流の才能をもって余裕で1軍にいる人から、下手すりゃ草野球に近い才能にもかかわらず、努力を積み上げてプロレベルに到達した人までいる。普段の1軍の試合で我々が見るのは、もちろん、プロレベルの選手のプレーだが、そこには実は努力で化粧を重ねて1軍なりの見映えになっている選手と、もともと1軍レベルの持ち主と混じっているのである。

 ところが、キャンプの時点では、化粧はまだなされていない。その選手の地金を垣間見ることができる。
 そう思って見ると、2月10日の練習試合は非常に興味深いものであった。この試合は6本のホームランが出ているが、ここでは、そのうちの3本に注目する。

 1人はもちろん中田。もう1人は、阪神の坂克彦。3人目は日本ハムの糸井嘉男である。坂はもしかしたら、阪神の内野のレギュラーポジションをとるかもしれないと期待される若手である。糸井は投手として自由獲得枠で入団、打者に転向して、こちらも今季、外野のポジションをとるのではないかと期待される注目株である。坂、糸井の台頭が、今年の阪神、日本ハムの進撃の支えになることは、ほぼ間違いない。

 坂は4回表、木下達生のインハイをライトスタンドへ運ぶホームランだった。糸井は6回裏、中田と同じ筒井から、内角球を右中間スタンドに運んだ。この3人は、いずれも地金からして十分にプロの1軍でプレーできる才能を持ちあわせた選手である。ただ、スイングの性向の違いとでもいうべきものが垣間見えたのである。

 一番オーソドックスで形姿の整ったスイングをするのは坂だろう。ステップして、軸できれいに回転する。3人の中ではパワーは劣るが打率は残せそうだ。

 糸井のスイングを見ていると、両腕のヒジの締まり方に特徴がある。極端にいえば、両ヒジが体についているのではないかと思えるくらい脇を締めて、スイングするのである。これも、おそらく彼に生来備わった能力なのだろう。従って、バットは内側から出やすく、左打者だが左投手のインコースでも対応できる。実際に、そういうホームランだった。内外角をこなせる柔軟な能力があるとみた。投手から転向3年目でここまでくるのだから、たいしたものである。

 そして中田。とりあえずは3人の中で、おそらく最もスイングスピードが速い、と言っていいだろう。
 ただし、実は、今回論じてみたいのは、そのようなことではない。なぜ中田の打球は130メートル級の飛距離が出て、坂と糸井は100メートルくらいだったのか、ということである。

 ここからは、おそらく世の打撃理論書にはあまり書かれないタイプの新説(といって図々しければ、奇説)である。
 注目したいのは、スイングした後の軸足の動きである。

 通常、軸足に体重を乗せて、ボールを引きつけて、軸足の力を前足で受け止めてスイングするのがオーソドックスな理論とされる。そうして見ると、坂の足の動きは理にかなっている。ステップして、前足を踏み込んでスイング。軸足はその後、走り出そうとする前足に連動して前に出てくる。

 糸井は、ステップして前足を踏み込んでスイングした後、瞬間的に、1回前足が一歩だけ横に開く。その前足を起点にして一塁へ走り始めるから、やはり、それについていくように、軸足も出てくる。

 ところが、中田の場合は少し様子が違うのである。ステップして前足を踏み込んだところまでは前二者と同じ。そしてスイング。振り切った瞬間、ステップした前足は、糸井同様、一歩横に開く。ところが次の瞬間、軸足がその前足を追い越して体の前に一歩出るのである。前足が一歩、三塁方向に開き、軸足がそれを追い越して、さらに投手寄りに出たところに着地するから、振り終わった後、体重全体がレフトスタンドと正対するような体勢になる。

 で、彼は自ら放った場外弾の行方をしっかり確かめた上で、前に出た軸足を起点にして一塁へ走り出すのである。

 坂と糸井の場合も、スイング終了後に確かに軸足が前に出てくる動きはある(一塁へ走らなければならないのだから当然ですね)。ただ、それはあくまで、前足を起点にして走り出す動作との連関においてである。

 私は、この違いこそが飛距離の違いではないかと考える。つまり、バッティングというのは、本来、ボールを前へかっ飛ばす動作である。そのために、軸足にためた体のパワーを前に出し、前足に伝え、バットに伝える。中田の軸足の動きが証明しているのは、その体のパワーを前へ伝えようとする圧力が、他の二人よりも並はずれて強烈だということではないだろうか。彼のスイングは、おそらくは無意識のうちに、軸足も前に出るほど強烈に、ボールを前へ飛ばす力を生み出しているのだ。だからこそ、中田の打球は人並み外れて飛ぶのである。

 誤解しないでほしいが、坂も糸井も、非凡な打者である。ただ才能の形姿が130メートルぶっ飛ばす形ではなく、通常の強打者同様、100メートルくらい飛ばせる形姿をしているということだ。

 むしろ、実際の打撃成績の上で苦労するのは中田だろう。少なくとも現時点の状態で、1年目にあまり打率が上がるとは思えない。その端的な証拠が、じつは、同じ2月10日の第3打席にあった。阪神・玉置隆に簡単に追い込まれたあと、アウトローのストレートを茫然と見逃して三振したのである。別に剛球だったわけではない。1軍のプロの打者ならば、少なくとも自然に手を出してファウルにするか、あるいはヒットになっても不思議ではなかった。2ストライクからあのボールに自然に手が出ないということは、当面、外角のストレートやスライダーには、苦労するにちがいない。でも、そんなことはどうでもいいじゃないですか。今は、基礎をつくればいいのだ。3年もあれば、50本塁打はクリアできる才能に間違いはない。今季は、たまに130メートル弾をかっ飛ばしてみせてくれるだけでいい。

 ところでこの試合の翌日、阪神−東京ヤクルトの練習試合をやっていた。この試合で、ヤクルトに、極めて美しいフォームの打者が出現した。中尾敏浩という26歳のルーキーである。この日は確か、1本塁打を含む2安打だったと記憶するが、そんなことはどうでもいい。とにかく、構え、ステップ、スイング、全てが美しいのである。打球に品がある。常時出場したら、3割も夢ではないのではないですか。もっとも外野手なので、ポジションをとるのが大変かもしれないが。

 ちなみに、中尾のステップも検証しておこう。彼の場合も、これまでの3人と同様、やや前足を上げて(中田は派手に上げるが)、ゆったりとタイミングをとる。そして踏み込むと、そのままきれいに回転する。まるで、体の中心線が透視できそうなくらいきれいな軸回転である。

 では、問題の軸足の動きはどうかというと、これまでの三人とは、また違う個性なのである。つまり、ステップした両足の歩幅のまま中心軸で回転しているから、軸足が前に出る動きはほとんどない。極端に言えば、スイングした後、そのままその歩幅でそこに直立していられるのではないかと思うほどだ。

 おそらく、そのくらい見事に体が回転しているのである。ただし、逆に言えば、中田のようなパワーを前に伝える体の圧力は少ないだろうから、飛距離は出ないだろう。

 これも、その打者の生来の才能の形姿である。彼もまた余裕でプロの1軍にいられるレベルの才能の選手である。シーズン途中からスタメンに起用されて、ポカスカ、ヒットを量産するのではないかと勝手に予想しております。

 とまあ、キャンプ、オープン戦で気になる4人の打者を取り上げてみた。というより、ねっとり観賞してみた。
 これもまた、野球を見るという、人間に与えられた深い快楽の一分野である。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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