「2回戦に進出した皆さん、おめでとうございます。僕は関係ないんで」
 極真カラテの世界王者アンドリュース・ナカハラを破って1回戦を突破した直後のリング上で桜庭和志は、そう喋っていた。4月29日、さいたまスーパーアリーナで開かれた『DREAM.2』でのことだ。
 インタビュールームでも彼は、こんな風に続けている。
「僕は初めからトーナメントに関係ないです。もうトーナメントは無理です。ワンマッチならやりますけど」
 もともと、1日に複数試合を行うこともあるトーナメントを桜庭は好んでいない。加えて、『DREAMミドル級グランプリ』のチャンピオンになりたいという気持ちが強くも無いようである。
 そう考えながら、ふと気付く。
 この日、トーナメントの1回戦が行われたわけだが、グランプリの勝ち上がりの試合というイメージが稀薄だったことに。まるでワンマッチを連続して観ているような気分だった。田村潔司×船木誠勝戦に代表されるように個々の試合にテーマ性はある。だがグランプリであることによる特別な雰囲気が存在しない。PRIDEのグランプリを観ていた時とは明らかに感じが違う……。

 たとえば、PRIDEヘビー級GP。エメリヤーエンコ・ヒョードル、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ、ミルコ・クロコップ……彼らはグランプリ王者になることに必死だった。覚悟を持っていた、と言い換えてもいい。「60億分の1」のコピーに頼らなくても、その思いが観る側にヒシヒシと伝わってきたことを思い出す。PRIDEミドル級GPも同じだ。ヴァンダレイ・シウバ、マウリシオ・ショーグン、ヒカルド・アローナ……彼らは事ある如に「チャンピオンになりたい、俺が最強であることを、この大舞台で証明したい」と口にしていた。飢えた感じがあった。「チャンピオンになれば、すべてが変わる」……その想いがファイターのモチベーションを上げていた。それは五味隆典が制したライト級GP、三崎和雄が腰にベルトを巻いたウェルター級GPも同じだった。
 だが今回は、グランプリ1回戦を闘う選手たちから「俺が王者になる」との熱き思いを感じ取ることはできなかった。そのことは会場に集まるファンが楽しみにしている試合前の煽りVTRにも表れていたように思う。個々の試合のテーマ性は十分に伝わってくるのだが、「GPの意義」或るいは「選手たちにとってGPとは何か?」には、ほとんど触れられていなかった。

 以前にも、このコラムで触れたが、『DREAM』は『HERO’S』を引き継ぐものになるのか、『PRIDE』の続きなのか、どちらなのかに私は注目している。
『HERO’S』は大晦日の『Dynamite!!』が系列イベントであったことからも解るように、一見サンのファンにも解りやすくするために一過性の熱を求めて編成されていた。つまり、「点」の興行だった。対して『PRIDE』は、闘いを育てていた。瞬間最大風速を吹かせるのではなく、イベントを重ねる中でジワリジワリと熱を育んでいた。だから闘いのドラマも重厚……コアなファンを生むことのできる「線」のイベントだったのである。『HERO’S』の手法ではなく、『PRIDE』路線を推し進めてこそ、今回のGPを成功に導けると思うのだが。


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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜(文春文庫PLUS)』ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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